八月、入道雲と夕立ちのある日

8/41
前へ
/92ページ
次へ
「暑い……」 ゆき乃はお腹を撫でる。昼に近づくにつれて気温はぐんぐん上がってきた。 ゆき乃はかっぱ橋本通りへとやってきた。買い物用のエコバックは大きく膨らんでいる。 かっぱ寺と呼ばれる曹源寺の山門を通り過ぎると、誰かに呼び止められた。 「きつね……」 懐かしい声と懐かしい呼び名。 ゆき乃は笑顔で振り返る。 「ぎーちゃん、久しぶりだね」 けれど、ゆき乃の笑顔は固まった。 「きつね、お前キュウリ持ってきたか?」 「う、うん。……持ってきたよ」 ゆき乃の声がうわずる。けれど、河童のぎーは、なにも気がついていない。嬉しさのあまりゆき乃に飛びつく。 「キャッ!」 ゆき乃は数歩よろめいた。その様子を見て、ぎーはクスクスと笑い出す。 「おいおい、どうしたきつね。暑さでダメになっちまったのか?」 「……」 ただ蒼白な顔色のゆき乃。ぎーは首を傾げる。 「きつね? 暑気あたりか? 本堂に行こう、あそこはいくらか涼しい」 そう言って、ぎーはペトペトと足音を立て歩き出した。けれど、ゆき乃はついてこない。 「おい、何してんだよ」 ぎーは引き返して、ゆき乃の手を握った。ゆき乃はビクリと身じろぎする。 「ぎーちゃん……」 掠れた声。彷徨う視線。 「私、あなたの姿が見えないの」
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1384人が本棚に入れています
本棚に追加