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「暑い……」
ゆき乃はお腹を撫でる。昼に近づくにつれて気温はぐんぐん上がってきた。
ゆき乃はかっぱ橋本通りへとやってきた。買い物用のエコバックは大きく膨らんでいる。
かっぱ寺と呼ばれる曹源寺の山門を通り過ぎると、誰かに呼び止められた。
「きつね……」
懐かしい声と懐かしい呼び名。
ゆき乃は笑顔で振り返る。
「ぎーちゃん、久しぶりだね」
けれど、ゆき乃の笑顔は固まった。
「きつね、お前キュウリ持ってきたか?」
「う、うん。……持ってきたよ」
ゆき乃の声がうわずる。けれど、河童のぎーは、なにも気がついていない。嬉しさのあまりゆき乃に飛びつく。
「キャッ!」
ゆき乃は数歩よろめいた。その様子を見て、ぎーはクスクスと笑い出す。
「おいおい、どうしたきつね。暑さでダメになっちまったのか?」
「……」
ただ蒼白な顔色のゆき乃。ぎーは首を傾げる。
「きつね? 暑気あたりか? 本堂に行こう、あそこはいくらか涼しい」
そう言って、ぎーはペトペトと足音を立て歩き出した。けれど、ゆき乃はついてこない。
「おい、何してんだよ」
ぎーは引き返して、ゆき乃の手を握った。ゆき乃はビクリと身じろぎする。
「ぎーちゃん……」
掠れた声。彷徨う視線。
「私、あなたの姿が見えないの」
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