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櫻木さんは、伏し目がちに「ここに住む」と言った。ここ、とは僕の隣の部屋のことで、真新しいこの部屋だ。
「大丈夫。お金もご飯も、僕が全部用意してあげるよ」
櫻木さんは心配性だから、僕は最大限の注意を払い、そして彼女を困らせたり悲しませないように努める。
櫻木さんとお付き合いして、もう3年になる。会社で再開して、それから交際が始まった。彼女は会社でも高嶺の花と噂されていたが、僕との交際と時を同じくして、櫻木さんは会社を辞めることになった。無理に働くことはないのだ。
最初は大変だった、彼女は僕よりも口数が少ない。そしてその声はとても小さく、またはとても大きいため、僕の耳は聞き逃しそうになったりするし、稀に耳を塞ぎたくなったりもする。
「じゃあ、僕はとりあえず部屋に帰るよ」
彼女の髪をそっと撫で、僕は自分の部屋に戻った。
部屋に帰ると、僕は食事の支度を始めた。彼女の分の料理も作らなくては。
彼女には好き嫌いはない。しかし、あまり辛いものは苦手なようだ。この間カレーを作ったときに、彼女の箸の進みは遅かったのを確認したからだ。
料理を作るときに、たまにリビングにあるカメラに目を向ける。彼女は心配性で、僕がどんなことをしているのか把握したいらしい。困ったものだ。
カメラだらけの部屋に、時折隣の部屋から声が聞こえる。櫻木さんの声だ。安く壁の薄い建物を選んでよかった、と素直に思う。
「大丈夫だよ、櫻木さん。僕はここにいるからね」
僕はキッチンから声を張り上げた。途端、彼女の泣き声が止んだ。
助けて、という声を聞くたびに、僕はすぐにでも駆けつけたくなる。彼女は寂しがっているのだ、はやく料理を作り終えなくては。火をつけ、肉をじっくり焼く。
彼女の部屋に行こう。僕の部屋が映し出されるモニターでいっぱいの、可愛い彼女の部屋に。櫻木さんは、どうしてこんなに僕を愛しているのだろう。まったく不思議で仕方がない。
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