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「どうした?」
「え、ああ、いえ……、なんでも……」
彼が気まずそうな様子で、素早くふいっと、ある一点から視線をそらす。
目が向けられていた場所へ、今度は自分が視線をやった。
「ああ……、遺骨か」
仏壇も無ければ写真も無いし、不思議に思ったのかもしれない。
「俺の息子の物でね。一年程前に亡くして、でも仏壇を買ってやるのも忍びなくて、簡素な仏壇代わりになってはいるが……」
「忍びない?」
「あ、……。」
聞き返され、思わず口を閉じた。
だが、酔っぱらっている所為もあるのか。普段ならそのまま閉口してしまいそうな話の続きを、あまり躊躇わず口にしてしまう。
「息子の母──つまり俺の妻だな。既に離婚していてね。
それからずっと八年間疎遠で……それで息子が死んだというのに半年間も、俺は気が付かなかったんだ。
だからというか……、仏壇やお墓を購入する余裕はあるんだ。遺骨だってこうして手元にある。
だが、息子を置いて出て行った身だ。仏壇や墓を買って拝む資格が、俺には無いんじゃないかと思ってな」
「あ……の、そしたら葬式には、参加出来なかったという事っすか……?」
「ああ、そうだが……?」
そうか。それなのに遺骨が何故ここにあるのか疑問に思ったのだろう。葬式に参加した訳じゃないのに、何故ここにあるのか。
しかしここからは、果たして直接この問題に関係のない、単なる隣人に話してしまって良いものなのか。悩み悩んで……、沈黙が訪れる。
珍しく、普段はきはきと明るい平井君も、やや俯いて、いたたまれなさそうな表情をしている。いや、当然だろう。こんな話を聞かされれば、誰だって楽観的な態度ではいられないし、気まずくもなる。
……けれども、だ。言葉では言い表し難い違和感。これは……そう、平井君と初めてバイクの話をしていた時、途中挙動不審な様子になった、あの時と似た感覚。
鍋の、ぐつぐつと具材を煮る音だけが、部屋内を支配する。
「すまない、暗い話をしてしまったね。鍋ももうすぐ出来上がるだろうし、皿を取……」
取ってくるとしよう。そう言って席を立とうとした俺の前に、突然平井君が立った。
不思議に思い見上げてみると、その表情は更に強張りを見せ……何やら思い詰めたような、今にも泣きだしそうな様子で溢れている。
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