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五
後遺症で、アリスは全ての記憶を失ってしまった。
覚えていることは、わたしに関することだけ。
それ以外のことを、彼女はすべて忘れてしまっていた。
名前も、住所も、年齢も……自分の両親の顔すらも。
わたしがそばにいてあげないと、アリスは自分の母親に対してさえも怯えてしまって、ろくに会話ができないという状態だった。
なぜ、彼女がわたしのことだけ覚えているのかは謎だった。
医者の話では、事故直前に深く関わり合った存在がわたしだったからなのかも知れないという。
いずれにしろ、理由はわたしにとって大した問題じゃない。
大事なのは、アリスがわたしなしでは生きていけない存在になってしまったという事実だけだ。
わたしは毎日、学校が終わるとその足でアリスの病室へと向かい、二人きりで夜中まで会話をした。
それを繰り返すことで、少しずつアリスの社会性が取り戻されていくと医者から言われていたからだ。
その通りに、事故後一週間が経過してから、アリスの症状は劇的に回復の傾向を示した。
高校の入学式が開かれる頃には、無事退院を迎えられる程に。
アリスの記憶が戻らないことは、とても悲しいことだった。
けれど生きていてくれさえすれば、思い出なんていくらでも積み重ねていける。
わたしはアリスの手を引いて、高校へと向かう初めての登校路を前向きな気持ちで進んだ。
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