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掃除の類は出来ても、死なない程度にしか自炊出来なかった私に、包丁のラクな持ち方から教えてくれた。ときには料理教室を開いてくれて、アパートの住人の殆どで一緒に楽しく勉強をした。そんなこの学生アパートのお母さん的なポジションにいた彼は、所属バンドのメジャーデビューが決まり、上京する。
「引っ越してきた日に美味しい天ぷらそばをご馳走してくれた思い出は、一生忘れられないです」
「オレはあのときのオメェの顔を一生忘れねぇ」
「それは忘れてください」
「よだれ出てたからな……」
「ぎゃーっ!」
許された時間のギリギリまで喋って、アパート二階の狭いベランダから見送った。
手すりの表面がひび割れてボロボロになっているのは、この住人の入れ替わりが落ち着いたころに業者さんが直してくれるらしい。
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