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女性がまた引っ越しをするという話を聞いたのは、それから一ヶ月ほどが経ったときだった。
男が聞いたところによると、入室していた唯一の女性が基礎を学ぶとすぐに辞めたことが切っ掛けのようだった。
「ひとりじゃつまらなかったのかもしれません」
切なげに言う女性は、それでも優しい微笑みを絶やさなかったが、先日偶然にも美しきあの女性を見掛けた男は、その裏事情たるものを知り得ていたため、女性の言葉が誤りであることをすぐに察した。
美しき女性は主婦だった。つまり主婦の談笑に花を咲かせる機会はいつでもあるわけで、男はそこで運がいいのか悪いのか、女性の本音を耳にしたわけだった。
ことさらに伝える必要もないだろうと思い、男はその話を語らなかった。だが、女性は恐らく自分の中で予想がついていたのだろう。でなければ、純粋な目を持つその女性が、あのような顔を人前でするはずもないのだ。
引っ越し当日、女性はその決断を報告したときのように、隣に住む男の元を訪れた。
女性にとって男はどうやらこの街で一番会話を交えてくれた者のひとりのようで、男がどう思っているのかに依らず、しっかりと挨拶をしてから街を去りたいというのが女性の考えるところらしかったが、男の方は相も変わらずまともに顔を直視することができず、それなのに彼女はと言うと、相手方の顔をしっかりと見上げては温和な笑みを浮かべていた。
「花のように生きるということは、存外簡単なことではないようです。かれこれ一〇年ほどになりますが、どうにもあの子たちのようには行かないみたいです」
それは、女性の笑みが微かに崩れる瞬間に語られた言葉だった。
男は何も言い返してやることができず、ただただ、軽くうつむき微笑む女性に斜視を注いでやることで精いっぱいだった。
「この街ではダメでしたが、次こそは……って、いつも思うんですけれど。……ねえ」
すると突然、女性の口調が砕け、男はギョッとした。
顔は横に背けたまま、男はぎこちなく女性の歪な顔へ視線を向けた。
女性は笑っていた。
「ありがとうね、今日まで」
「へ?」
「あなただけだったのよ、そんな風に、私のこと見てくれたの。この街でも、これまでの中でも。だから、ついつい嬉しくって。ごめんなさい、最後にこんな失礼な言葉遣いで」
「……い、いえ、別に……っ」
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