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確かに崩れた体裁の中でも、変わらずたゆたう温もりがあり、だからなおのこと、女性の言葉が示唆するものを、男は受け入れきれずにいた。
「それじゃあ、私はこれで」
お世話になりました――。
最後にそう、いつもの真率丁寧な振る舞いで告げて、女性は短い足をスッと返した。
「あの」
「……え?」
遠ざかる小さな背中に声を投げかけると、女性は猪首をゆっくりめぐらせた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
女性は驚いた風にその瞼の垂れ下がった目を丸くした。そして小さく笑みをこぼして、老いた老婆のように一礼すると、まるで秋に花が咲き、春になれば人知れず葉を散らしていく彼岸花のように、女性は静かに街を去った。
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