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男は美顔だった。
くっきりとした鼻梁、控えめに顔を覗かせる奥二重は凛々しく、そこから浮かぶ知的さを体現するように頬は線が細く、同期からの「格好いい」という率直な感想に続き、眉目秀麗、容姿端麗、ときに美貌をまとう美白美男子とさえ称されるほどその顔立ちは恵まれていた。
そのくせ、弱冠二五にして勤め先の商社では小さなプロジェクトのリーダーに任命されるような技量も持ち合わせ、いわゆる欠点というものともほとんど無縁であったため、男には少し、人を卑下する性が三年ほど前から滲むようになっていた。
しかし、話も立つとあって、それをことさらに嫌悪する者もそうはいなかった。社会という場において物を言うのはやはり実力とそれに伴う結果であり、その点から見ても、やはり男は煩わしい程度の人物に留まり、誰かから敵視されることなど数えるほどもない。
つまり男の人生は成功の一途を辿っていた。何もかもが順調だった。順風満帆という言葉を上司から飲みの勢いで教えてもらって以来、増々その船舶は加速した。
だが、ある日を境にその行く末に陽炎のような歪みが生じ始めたのだ。
その日も男は、仕事に関する小事を難なく片してから、たまの休日にはいつもそうしているように、映画鑑賞を嗜んでいた。元々の趣味であった。商社に勤めているとなかなか時間が確保できず、日曜日になると大抵はそのようにして自宅での時間を有意義に過ごしていた。
男は今朝から憂いていたことがあった。どうやら隣の空き家に新たな人間が引っ越してくるという情報を耳にしていた。そして、実際に今朝、引越センターのトラックが確かに見えた。
気が利かない人間でも、近所への挨拶周りにはきっと来るはずだ。その点ばかりが気掛かりだった。
しかし、昼を過ぎてもその気配はなく、そのときになって男は映画を鑑賞し始めた。途中で来られてはせっかくの気分が台無しになる。そんな懸念も、いざアクション映画の迫力に呑み込まれるとすっかり失せてしまい、だからクライマックスの折に触れて鳴ったインターホンを耳にしたとき、男は自分でも驚くほどに舌鼓を打った。
男はわざとテレビを消さぬまま玄関の戸を開けた。
そして目を丸くし、思わず一歩退いた。映画を見ている途中だったことをあからさまに主張して、相手方に後ろめたさをくれたやろうという自覚ある陰湿な目論見も、一瞬にして失念した。
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