虫男

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   その夜のことだった。  女性が男の家を訊ねてきた。  予想通り、昼間に覗き紛いのことをしていた一件についての話だった。  相変わらず歪んだ口元のくせして綺麗な言葉遣いをする女性は、ところが男にとっては意外な様子で言葉を話した。 「ひょっとして、園芸教室に興味がおありなのですか」 「……え?」 「男性の方ですと、ほら、やはり入りにくいのでしょう。だからあのように覗いていたのかなと」  本気でそう問われているのか、男は不安だった。もしや自分を欺き誘いだそうとしているのではないかという予感も捨てきれずにいた。普通に考えれば、会社勤めの成人男性がこそこそと隣家を覗き見る理由の内に、園芸教室への興味が含まれるとは思わないだろう。 「ま、まさか。ただ、ちょっと、気になってしまって」  男はどうにか誤魔化せぬものかと思案するが、女性はどこか微笑ましげに語るのだった。 「今朝だって、私のこと見ていましたよね。あれって、お花に興味があったからなのでは」 「……」  すっかり閉口してしまった。よもやその件まで気が付かれていたとあっては、どうしようもないと思った。 「良かったら、明日から来てくださいませんか。体験入室でも構わないので」 「え」 「実は私、前に住んでいたところでも同じように園芸教室をしていたんです。けど、やっぱり、私は、こんな感じ、ですから……。だからなかなか人が来てくれなくって。それで今日、あなたが興味を持ってくださってくれたみたいで嬉しかったんです」  それもまた、想いもしていない言葉であった。  男は思った。  ああ、なんと純粋な人なのだろう。外見で人は判断できないという代名詞のような女性だ。  ただ、いまはそこに甘んじるばかりだった。  頬を指で掻き、目を逸らした。色々な点における気まずさと、その純粋さを見失わせる容姿を直視することへの抵抗心が働いたのだった。  ところが、ちらりと横目で見た女性の顔には、またはみかむような笑みが浮かんだ。もしも容姿端麗な女性であればその仕草だけで落ちる男性もきっと少なくないに決まっていると男は思った。 「どうでしょう。きっと楽しいと思いますよ。成長記録とかも取りたいなと思っていて、今日ひとり女性の方も入室してくださったのですが、三人になればもっと」 「あ、あの」 「はい?」
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