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「す、すみません。……俺、別に入りたいというわけではなくて、その、すごく失礼だとは思うんですけど、どうして園芸教室なんてやってるのかなあ、とか思って、それで……」
男はその間、何度も目を泳がせた。どうしても、やはり真正面から見ることができなかった。自分でも不思議なほどに。そのため、志奈野がどのような反応をいちいち示しているのかなど、とても知ることはできなかった。
「そう、なんですか……。そう、ですよね、ふふっ。似合わないですよね、お花なんて」
「いや! そ、そういうわけじゃ……」
「いいんですよ、気遣わなくたって。この顔、どうしてか、母や父とも全然似つかなくって。園芸教室なんてやってるとよく言われるんですよ、それ」
女性はまだ微笑んでいた。
男はその姿に、何故だか惹かれるものを感じた。確かな醜さの中に、花の香りのようなものが見えたのだ。
そして、自分の目が女性を見ようとしない原因が、その美しさゆえのものであることを直感した。
つまりは現実逃避だった。
「えっと、何でやってるのかって聞かれると、いつもお答えしていることがあるんですけど、それをそのままお話してもよろしいでしょうか」
いつまで経っても、背景に夜の色を湛える女性の微々たる仕草のひとつひとつは丁寧で繊細だった。
「は、はい……」
男はその声だけで照れ臭さを覚えていた。よく聞けば鈴虫が鳴くようなやさしさと儚さが漂っていた。素敵な声だった。そして、思えば思うほど、男の目は女性の顔を見向きもしなくなるのである。
すると女性は頭を前に傾いで、少し目を閉ざした。思い出すというよりも、気を改めているといったような芯があった。
「母や父から、いつも言われていたことなのです。心だけは、いつも綺麗に持て、と」
女性は顔を上げて、その目は男の顔を確かに向いた。男は視線を外しそうになった。しかし、そのとき初めて、男の瞳は逃げることをせず、女性の歪な顔の中に二つの瞬きがあることに気が付いた。
「知っていますか」
女性は静かに紡いだ。
「花はどれだけ咲いても綺麗なんですよ。醜い花は咲かない……咲けないんです。きっと、美しい姿で虫たちを迎え入れたくて、そうしているんです。
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