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「なぁ!お前ちゃんと聞いてんの?」
「ん……。ごめん、何の話だっけ」
顔を上げると、少しイラついた表情でテーブル越しにこちらを見ている野田の姿が見えた。
夜の10時のファミレスには、俺たち以外にほとんど客はいない。外はうだるような暑さだが、ファミレスの中は冷房がガンガン効いていて少し寒いくらいだ。
「だから! お前の隣に引っ越してきた人の話だよ!」
「あぁ……。で、それがどうかしたか?」
適当に聞きなおして、再び大学の課題に取り掛かる。だいたい、こいつが「課題がやばいから」とか言って一緒に付き合ってやっているのに、全然やろうとしないな、野田のやつ。
「ほんっとに美人だよなぁ! 隣に住んでるお前がマジでうらやましいよ……」
「ただ隣ってだけで、何も関わりないよ。でも、確かにきれいだよな」
野田は同じテニスサークルの友人だ。趣味の悪いドクロの指輪をいつもはめている。
先日俺の住んでいるアパートに野田が遊びに来たのだが、その時たまたま隣の部屋に引っ越してきた人が挨拶に来たのだ。その鉢合わせ以来、野田はずっとこんな調子だ。
「ヒイラギ……アイさんだったよな、たしか!」
「お前……。1回聞いた名前をよく憶えているな……」
あの時、野田は挨拶に来た女性の顔を見るや否や、俺を押しのけて「こちらこそよろしくお願いします」と言い放ったのだ。あれでは、どっちが元々住んでいる人なのか分からなかっただろう。
「名前くらい当たり前だろ! それよか、名前以外の情報はないのかよ!」
「うーん、同じ大学に通ってることくらいしか……」
その女性が挨拶に来た時に聞いたのは、名前と、同じ大学に通っているということくらいだ。当然野田も知っている。
「あー、それはもう知ってるよ! どの学科なのかとか、何年生なのかとか、俺が聞きたいのはそういうこと!」
「知らねーよ。それより、課題大丈夫なのかよ」
そう言うと、野田は俺からこれ以上情報が出ないことを悟ったのか、渋々課題に手をつけ始めた。
その女性は確かに美人だった。名前は憶えていなかったが、引っ越しの挨拶に来た時のことは今でも鮮明に思い出せる。
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