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ファミレスを出て、歩いて10分程度で俺が一人暮らししているアパートに着いた。築年数はそれなりに経っているが、外観は十分綺麗だ。大学から近いこともあり、他の入居者もほとんど同じ大学の学生である。
俺の部屋は2階の端にある。野田と階段を上って部屋に向かう。時刻は夜の11時半を回っていた。野田は多分このまま泊まっていくつもりなのだろう。
「なあー、新井。お前少しは部屋片づけたのか?」
階段を上るときも、野田の口は止まらなかった。ファミレスを出た後の道中も、延々とヒイラギアイのことを語っていた。正直、話に付き合うのが少し面倒になっていた。
「別にそこまで散らかってないだろ。あと、このアパートそんなに壁厚くないんだから夜中は静かに寝ろよな」
「わかってるって。正直もう眠いから、今日はすぐに寝るわ」
本当に勝手な奴だ。
部屋の前につき、バッグから鍵を取り出す。
「え! ってことはお前、普段ヒイラギさんの部屋の音とか聞こえてるってことか!?」
野田に日本語は伝わらないのだろうか。
「もう既にうるさいんだって! 頼むから静かに」
「――こんばんは。」
カラーン……。
部屋の鍵を落とす音が、夜の静けさの中に響き渡った。
以前に一度だけ聞いた、細く、よく通る綺麗な声が体の芯まで響いてくる。横を振り向くと、半袖シャツにスカートという夏らしい服装でヒイラギアイが立っていた。優しく微笑んでいる。
その大きな黒い瞳で見つめられ上手く言葉が出てこなくなり、「こんばんは」と返すまでに変な間が空いてしまった。さっきの会話、聞かれてなかっただろうか。
「あの、鍵落としましたよ?」
「あっ、すいません! あのっ、ここにいたら邪魔ですよね!」
彼女の部屋は俺の部屋の一つ奥にあり、俺と野田で通路を塞いでしまっていた。急いで鍵を拾い、横に立っていた野田の顔を見ると口を開けて完全に固まっていた。
「おいっ、野田! そこに突っ立ってたら」
「――あ、あのっ! ヒイラギさんは! 学科はどこなんですか!?」
突然、野田が脈絡のない質問を切り出した。
「えっと……、私は英語学科です。お二人はどちらの学科なんですか?」
「ぼ、僕たちは! 経済学科! 3年生です!」
おい、野田……、大丈夫か?
丁寧に落ち着いた声で話すヒイラギアイとは対照的に、野田は日本語を覚えたばかりの外国人のような変なイントネーションで話している。
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