第1章

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今は亡き尾崎友梨 私の小屋までどうやってあの山羊が辿り着いたかは分からない。 バランスの悪い体で鳴き声一つ上げず、父の営む牧場に彷徨い迷い混んで来た。 その姿は雨の日雷に照らされて、歪な体が露わになり、幼い私は顔を逸らした。 馬や羊や牛の群れの中でその山羊は上手く適応しているとは言い難かった。 〝彼〟は数秒も立てない足で何度も立ち上がり、群れの中に入って行こうとする。 群れの長、大きな足を持つ漆黒の馬・コクオウが〝彼〟を阻んだ。大きくいななくと山羊の無い方とは反対のもう3本中、2本の足をへし折った。 〝彼〟は鳴かなかった。 〝彼〟のしたことと言えば父が追い出そうとするのを懸命に拒むことだった。 何のためここ、尾崎牧場に来たのか考えるとゾッとする事実が私の目の前に現れる。 〝彼〟には、名前がなく、家畜にない何かがあった。 〝彼〟は家畜ではないと判断し、私は父に内緒で〝彼〟に私の食べ残しを与えることで生きながら得させた。 私に罪が無かったとは言わない。 私は〝彼〟に人格を与えた。 独りよがりで独善主義で孤高のバーベキューなら肉ばかり食べる男。 結果として、私がしたことは悍ましいことに変わりはない。
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