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私は一人呟いた。
「父上は貴方の言葉が聞こえなかったのですね」
《名前を呼べ、小僧》
私は青と黒と赤の混じった〝人獣(ジンジュウ)〟をしばらく眺めた後、落胆したかのように溜息を吐いて、夜の裏庭をユックリ歩いた。夏なのに肌寒かった。
「貴方は神ではない。よって、〝バーチュ〟と名付け、この教会の守護者を命じる」
〝バーチュ〟は恭しく私の心臓と自分の心臓を交換した。奇妙に聞こえるかもしれないが、それがさも当たり前に感じられるぐらい私は異世界を旅して来た。
〝バーチュ〟は私を殺そうか、考えあぐねいていた。
「父上の所にはいつかは行きます。だけど、今ではない」
〝バーチュ〟が微かに驚きを見せる。だが、それは悦びに結び付く驚きだった。
《今ではない。剣、私の言葉を聞け。其方の宿命はある男女の生死を見守る事だ。まず、第一段階として、男に『もう愛したり憎んだりするな』と告げろ。女には『もう足と口が不自由である』と告げるのだ。そうすれば其方の恋は成熟するだろう》
私は体が暑くなるのを感じた。
諸熊奈知(モロクマナチ)。
私の欲する女の顔を大きな胸を滑らかな尻の輪郭を思い出す。
私の母上は私を産んだ時死んだ。
諸熊には母上によく似たものを私は嗅ぎ取っていた。
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