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それは本当に咄嗟の事だった。
その後どうするかなんて勿論考えていない。
「おい、」
やり返すつもりも無かった。
それなのに俺は何故か、場を去ろうとする男の肩に手を置いたのだ。
……その時。
グイッ…
「!」
ドシンッ!!!
「!!?」
……何が起こったか、分からなかった。
一瞬のうちに天地がひっくり返って、訳も分からないまま俺は地べたで間抜け面を晒していた。
確かなのは、ジンジンと痛む背中と目の前に広がる青空。
「背負い投げ……」
モジャ公が、呟いた。
こんな事、信じられるか?
体重差は少なくとも20キロ以上はあるんだぞ?
「ふ……はは、」
なんだ、この気持ちは。
「わははははっ」
その時俺は、本当に久しぶりに腹の底から笑った。
「き、木戸さんが、笑ってる……?!」
「嘘だろ……」
スネオとモジャ公の目は信じられないという風に見開かれたまま、俺と男の間を行ったり来たりしている。
「気でも触れたか」
笑い続ける俺を一瞬見やると、男は地面に転がっていた道着をひょいと担ぎ『柔道場』と書かれた離れの建物へと入って行ってしまった。
大の字のまま、それを目で追う。
今俺を支配する感情は、悔しさでも怒りでもない。
すーっと胸がすくような、爽快感。
「は。」
俺はずっと、誰かに投げ飛ばされたかったのかもしれない。
こんな風に。
俺がイラついていたのは、他の誰でも無い。漠然とくだらない日々を消費し続ける、俺自身にだった。
「ははは、は……」
仰向けで見る空はどこまでも青くて、眩しくて、目に沁みた。
まぶたを閉じると、俺の中で静かに血がたぎるのを感じる。
これが全てのはじまりだった。
これが、数年後に俺を柔道のてっぺんまで引き上げる、水原涼一との、出会い。
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