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どれだけそうしていたのか、分からない。もう一度、大きな溜息が頭の上から降ってきた。
「まだ泣いてんのか」
閉店後の薄暗い店内で、ライトが点けられているのは、永瀬が作業しているキッチンだけだ。
永瀬の高い背が、キッチンの照明を遮って、美羽の上に影を落とした。
「うっ……ごめんなさい」
えぐえぐと苦しい呼吸を宥めて、どうにか声を上げても、涙でぐしゃぐしゃの顔を永瀬に見せる気にはなれなかった。
「ほら、これでも飲め」
美羽の頭上、カウンターがコトリと鳴る。微かに甘い香りが漂った。
顔を上げない美羽に、永瀬が去っていく。
足音がすっかり遠ざかるのを耳で確認してから、美羽はそっとカウンターに手を伸ばした。
フローリングが木の温もりを伝えるには、寒すぎる季節だ。すっかり陽も暮れ、閉店後に切ってしまった暖房の効果は、もう無い。普段なら店内が暖まっているうちに作業を終えられることを考えると、随分時間がかかってしまったのだろう。
すっかり痺れた足は言うことをきかず、どうにかカウンターの上のカップを手に取ると、美羽はフローリングへまたペタリと膝をついた。
手の中の珈琲カップは、ゆらりと湯気を立てている。
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