第1章

2/8
前へ
/8ページ
次へ
 浅い眠りの中、人の気配で目が覚めた。 まるでホラー小説のプロローグのようであるが、私には当たり前の日常。  私は今、病院に入院している。 風邪が悪化して肺炎を起こしてしまったのだ。 入院が必要とのことで、私の腕はチューブで点滴につながれている。 不便このうえないが、まだこれは外せないようだ。  病室は大部屋で、この部屋には私と、隣のお婆さんの二人だ。 昨日までは、もう一人お婆さんが居たのだが、退院して行った。 私は、そのお婆さんを羨ましく見送ったのだ。 ただ、病気が治ったから羨ましいのではない。 この病室から解放されることが、羨ましかったのだ。  寝不足の目を擦っていると、朝日がブラインドの隙間から差し込んできた。 入院しているほうが疲れる。家でゆっくりしたい。  病院での生活の中で、最大の苦痛は赤の他人と同じ空間を有することと退屈。 食事が運ばれてきて食べたその後は、ひたすらベッドに何をするともなく横たわっていなければならない。 ずっと横たわっていたり同じ姿勢で居ると、体のあちらこちらが痛む。  そしてもう一つの最大の苦痛が始まった。 「看護婦さーん、ご飯まだ~?」 まただ。さっき食べたじゃないの。 隣のお婆さんは叫び続ける。そう。お婆さんはどうやら、認知症らしいのだ。 頼むから叫ばないでくれ。黙ってナースコールでも何でも押せばいいのに。 看護士もウンザリだろうけど、私もいい加減ウンザリしている。 夕べもこの声で、ほぼ眠れなかったのだ。 夜中だろうが、容赦なく叫び続ける。  だいいち、夜中真っ暗なんだからご飯の時間じゃないことくらいわかりそうなものだけどね。 それが認知症なんだろうけど。 「かぁんごぉふさぁあああん!ご飯まだぁあああ?」 クソ、元気じゃねえか、ババア。こっちは眠れなくて体が辛いのに。 きっと、昼間にガアガア寝て、また夜騒ぐつもりなんでしょ。 もうこうなったら、私も婆さんの昼夜逆転生活に合わせるしかないのかもしれないが、なかなか昼間は眠れない。 「佐藤さん、もうご飯食べたでしょう?」 看護士もたいへんな仕事だ。何度も繰り返されるこれに付き合わなければならないのだから。 「ええ?食べたっけか?食べてないんだけどねえ。おかしいねえ。」 おかしいのはアンタだよ。しっかり食べてる音がしてたよ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加