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その日、目の前に退治する怨念は、浄霊でちゃんと逝けるように、考えて動いていたがそれが歯車の掛け違いの始まりだった。
思念怨念が強すぎて、浄霊する先から濁ってしまい、互いに力がある故に共に力を使えば、貰う事が出来なくなる。
睦美も強い力を有していたが、自分でその力を使う事が出来るのだ。
それなのに人に渡せば、力が不足気味に成っても仕方がない事なのだろう。
見届け人として、その場所には柊司も居たが、彼は必死に一度引けと繰り返していた。
だが、澪時は今までに引いた事がなかった。
それがプライドとして彼を引き止めてしまったのだ。
「睦美、結界を張れるか?」
「やってみる」
「このまま、除霊に切り替える」
「おっけ」
ふわん…と周りに清浄な空気を纏い、澪時が指先を立てるとキッと悪霊を睨み付け、言葉を紡いでいる最中だった。
力が足りずに、思うように言葉が出せなくなったのだ。
いち早くそれに気付いた睦美が声を上げた。
「澪君、抱きしめて!」
「っ…」
「早くっ私も結界もたない…」
戸惑うのは、若かったせいもあるが、柊司がその場所で見ているのを知っている。
必ず浄霊や除霊の際、見届け人と言う人間が必要で失敗した時の為にどうなったかを伝える人が必要なのである。
ただ、その際助力は極力しない、辛くてもだ…
護る事をして自滅するのは良くないし、柊司はこの時霊力はあまり無かったため
出来るとしても結界を張る程度だった。
ハラハラと見守っている柊司の目の前で黒い塊が睦美に攻撃を仕掛けて来たのだ。
ぐにゃり…と張った結界がいとも簡単に崩壊し、声が響いた
「きゃぁああああああああああああ」
グネグネと身を捩りながら、睦美の身体に入りこむ悪霊。
澪時はポケットから取り出した札を睦美へと張ろうとした時だった。
「濁る前に…貰って」
そう告げて、澪時の唇に睦美は唇を重ねた。
目を見開いた澪時が我に返るとグッと睦美の身体を抱きしめて、言霊を告げる。
「黒き悪霊の心を天に還し、たる力を持ってここに離別を導く。
揺ぎ無き木々と、空の風に請う、助力を齎し、救い給え」
一瞬で、木々が騒めき風が強く吹くと吹き荒れた秋の木の葉が何枚も雪の様に降り注ぎ、二人を包むように落ちて行く。
「睦美っ、睦美いぃっ!」
その声に、睦美は答える事無く救急車で運ばれて行った。
初めて柊司が見た、澪時の涙だった。
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