忠告 type『A』

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 もう傷もほぼ痛まないから、隣へ移るくらい訳はない。だから、男の残していった言葉がなければ、俺は何の迷いもなくそれに頷いただろう。  でも、聞かされていた通りの内容を告げられたら、どうしても二の足を踏んでしまう。  あまり調子が悪いので動きたくないとか、退院はすぐなのに手間が今から移動なんてかかるでしょうとか、あれこれ言い訳を口にしてみたけれど、どうしても看護士は引き下がらない。だから俺は渋々折れて隣のベッドに引っ越した。  脳内を、男の言葉と、どうしてベッド移されたのかという疑問がひたすら巡る。食事の間も消灯後もただそれだけが渦巻いて、ふと気づいた時、時計は午前零時を回っていた。  午前二時になるまでにベッドの下に隠れて。  頭から離れない一文が強く意識に浮かんでくる。  午前二時。確かに男はそう言った。  その時間に何かが起きるのか? 起きるとして、何が? そもそも、ベッドの下に隠れたら回避できることなのか?  違う疑問が脳内を巡る。その間にも時間は過ぎて行く。  気づいた時、ベッドサイドの時計は二時十分前を示していた。  ベッドの下に隠れる。簡単なことだが、正直、まだ手術の痕は若干痛むし、そんな真似をすること自体が億劫だ。でも、あんなふうに潜めた声で告げられた言葉だ。聞き流していいものではない気もしている。  猶予はもう十分足らず。その短い時間の中でギリギリまで迷い、俺は、結論を行動に移した。  鈍い痛みを振り切り、ベッドの下に潜り込む。ナースコールのスイッチは、無理をして強引にベッド下まで垂らし、いつでも押せる状態にした。  さて、これでいったい何が起こるのか。  ふいに、ベッドの足元側から風が吹いた。  風というよりは、誰かが動いた際の空気の流れの変化だ。それが、カーテンが開く様子もないのに足元側から伝わる。  闇の中、目を凝らしたが、カーテンの内の空間には何もいない。  いないのに…何も目には映らないのに、確かに何かの気配がした。  ペタリ、ペタリ…ベッドの横を音だけがうろつく。それがようやく止んだと思った瞬間、頭の上から大きめの音が響いた。  ベッドに何かが倒れ込んだ。その証拠のように頭上でベッドのスプリングか軋む。その軋みの直後に……。
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