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いたずらっぽく笑いながら聞いてみたのに、意外に真面目に返されてしまった桂月は思わず吹き出してしまった。
桃香は入れ違いにリビングへ戻ったようで、もう姿はない。
ひとしきり笑った桂月だったが、弥の様子に眉を顰める。
頷いた後、先ほどとは別の意味で真剣に桂月の瞳を覗き込んでいたからだ。
からかうようにもう一度声をかけたが、生返事しか返ってこなかった。
「弥? どうしたの?」
「え? なに?」
怪訝そうな桂月の声にようやく彼女の瞳から視線を外し、いつものクールな目つきに戻った弥はなぜかニンマリと笑った。
目の前で笑う弟の思考がわからず、不気味なことこの上ない。
「あんた……何考えてんの?」
少々警戒気味の彼女に、弥は何でもないの一点張りだ。
詰め寄ろうとした桂月を回避すべく、大げさに腕時計を見て慌てふためいた。
「やべー遅刻するー」
棒読み気味なセリフは、出かける父と母によって助けられ、姉から開放された弟は両親の横をすり抜け、玄関を飛び出していった。
「いってらっしゃい」
恒例のキス。
初めて見た「いってらっしゃいのキス」は……愛の深さを娘が知るには充分な長さだった。
桂月も桃香と共に父を送り出し、無事車での出勤を見届けると母に詰め寄った。
「いつもあんな濃厚なのしてるわけ?」
「そうよ」
臆面もなく言い切った母に未来の自分が重なった。
どれくらい先かは判らないが、彼女が最愛の伴侶と愛を誓ったとき、こうありたいと思い描くのに参考になっただろうことは今は伏せておこうと決めた桂月。
思考を切り替えた。
「母上、学校に連絡お願いできる?」
「ええ。担任の先生はなんておっしゃるの?」
「えーとねぇ……あれ? 思い出せない……」
「もう……。これからお世話になる先生の名前ぐらいきちんと覚えておきなさい」
「はーい。ごめんなさい……へへ」
ポリポリと頭を掻きながら素直に謝った桂月に呆れながらも電話をするためリビングに向かう母の後について一緒に戻り、彼女は遅い朝食を摂ることにした。
パンをかじりながらぼんやりとまた夢を思い出す。何となく聞いたことがある声だった。
その時が来たら目覚める。
(何が、いつ目覚めるのだろう?)
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