第1章 桜

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「起きろ」 (……まだ無理~) 起床を促す声に心のなかで反論する。 「起きろ」 (だから無理だってぇ~) 「……お・き・ろ」 (お布団、気持ちいいんだも~ん) 「はぁ~……」 声なき反論は毎回のことだけど、と起床を促す主は深~く息をつく。 「………………おい」 (もう少し……寝かせ……て……) 反抗心は布団をかぶる態度に現れていた。 「入学式、遅れるぞ」 (はいは~い……) 「義務は果たしたからな」 (は~い………ん?) 「新入生」 (新入生…………ん~?) 「はっ!」 バチッと目が開く。今日は入学式だったことを思い出す。 「もっと早く起こしなさいよ!バカ(わたる)!」 悪態づきながら、真新しいブレザー式の制服を手に部屋を飛び出た。 「声掛けしただけでもありがたく思えよ。バカ姉貴」 姉、桂月(かづき)の口の悪さはいつものことで。寝坊助なのもいつものことで。弥が声掛けするのもいつものことだ。 脱衣所で身支度を整えた桂月は食卓へと急ぐ。 どんなに時間が押していても食事だけは欠かさない。 食べ盛りの高校一年生女子。 しかし急いでいる分、食べ方が少々……。 「きったねーなぁ。女子なんだろ、お前」 「ふが─────っっ」 反論……したくても口が塞がっている。 よく噛んで飲み下してから改めて(当人にとっては)正論を述べる。 「腹が減っては戦は出来ぬ。これから半日は緊張してなきゃいけないと思うと、もう…」 「食べるのは構わないけど、もう8時半過ぎてるわよ。式は9時半からでしょう? 遅れるんじゃなくて?」 冷静に状況を指摘したのは2人の母、桃香(ももか)である。 もう一枚、と持っていた食パンが桂月の手から滑り落ちた。 弥も桂月も、リビングの壁にかけてある時計を目視すると同時に叫んだ。 「「ぎゃ────っっ!」」 ドタバタと鞄などを2階に取りに上がる2人は口論しながら準備をしている。 「子供たちは元気があっていい。天気もいい。そろそろ会社に行こう」 騒がしい毎度ながらの朝の光景をのんびりと眺めていた父、統斗(かねと)はコーヒーを最後まで飲み干すと席を立つ。 「いってらっしゃい。あなた」 喧嘩をBGMに玄関先でいってらっしゃいのキスを交わす夫婦。ここの家族には悩みなど存在しないようだ。
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