第1章 桜

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からかうように声をかけてきたのは中等部からのクラスメイトであり、親友でもある高倉章美(たかくらゆきみ)だ。 隣には高倉の母親の姿もあった。 「あ、おはようございます」 ペコリと章美の母親に先に挨拶を済ますあたり、今朝のドタバタからは読み取れない礼儀正しさだ。 弥に言わせると『外ヅラがいいだけ』と称される。 「じゃ、お母さん先に行ってるから」 気を利かせてくれたのか、高倉母は後でね、とその場を後にした。 「おばさんに気使わせちゃったね。ごめんね」 「いーのいーの。気にしない。お互い子離れ・親離れしてるから」 時計を見ながら体育館へと促す章美に、素直に従った桂月の目は再び桜に向いていた。 「変わってないね。桂月のクセ」 軽く微笑む章美は中等部の入学式当日を思い出していた。 その時も式典まで余裕が無い時間だったにもかかわらず、体育館へ向かうまでの桜吹雪の中に桂月はいた。 まるで桜の精のようだったと、当時の章美はよく語っていたのだ。 自分と同じ制服とタイの色で、新入生と判断できたのだが……。 同じクラスにいることを知った章美のほうから積極的に桂月に話しかけた。 ふとある時、時間のない中どうして立ち止まってまで桜を見上げていたのかと尋ねた事があった。桂月は艶やかな笑顔で答えた。 『桜が私を見ていたから』 不思議な感銘を受けた章美は、どうやら桂月に魅了されてしまったようだ。 「あんたってホント、存在自体が不思議だわ……」 歩きながら今だ桜に目を奪われている親友を横目に呟く。 桂月の周りだけ時間がゆっくりと進んでいるような感じがする。 そんな穏やかな空気は校内放送に打ち砕かれた。 『新入生の方は、すみやかに体育館に集合して下さい。繰り返します。新入生の方はすみやかに体育館に集合して下さい』 「しまった! クラス分けの掲示板まだ見てないっ! 桂月? 桂月!」 掲示板の確認をしていないと式典の席が判らないのだ。 そんなことを全く気にしていない桂月を強引に連れて掲示板でクラス確認すると体育館へ急いだ。 滞り無く式を済ませ、振り分けられたクラスに入り、見知った顔と挨拶を交わす。担任教師との初顔合わせも終えて半日は瞬く間に過ぎていった。 ひとまず本日の学校行事は無事に終了した。
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