第1章 桜

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「桂月、一緒に帰ろうか」 「あ、ごめん。今日は弥と帰るから。明日からまたよろしくね」 ざわめくクラスメイト達をよそに、章美の申し出を丁重に断ると、教室出口でもう一度詫びてから正門へ向かった。 あとに残された章美は吐息。 「相変わらずのブラコンぶりだわ」 3年前の入学式もそうだったからたぶんフラれると予想していた。 感傷に浸るわけではないが、もう少しあの不思議に和やかな空気を感じていたかっただけだ。 「ほんと……摩訶不思議……」 呟きに淋しげな響きが潜んでいたことを本人は気づいていなかった。 「遅い」 塀から続くブロック塀に背をもたせ、腕を組んで待っていた弥は桂月の姿を見つけるなりひと言。 言われた方は両手をすり合わせ、済まなそうな顔をして見せたがお互い気にしていないのが本音。 弥は長身の上に容姿端麗でキツめの奥二重のせいで無表情だと凄みを増す。 自分がモテることを自覚していてとりあえずクールな2枚目で通しているが、その内に秘めた熱さを家族だけが知っていた。 桂月と並ぶと立場が逆転、姉弟ではなく兄妹に見える。 しかし桂月も桂月で女子としては高い方だ。170越えしている。 弥と違ってくっきりぱっちり二重で猫目がちな瞳を持つ、美人の部類になるだろう。 自然と周囲の視線を集めてしまうがそんなことはお構いなしの2人は一直線に東屋を目指した。 「やっぱここのソフトが一番うまい」 「瓶ラムネも絶品」 カランカランと瓶の中のビー玉を鳴らしながらラムネを飲み干してしまった桂月の視線は次なるターゲットをロックオンしていた。 気づいた弥がそっぽを向く。 「ケチ────っ」 唇を突き出して盛大に拗ねてみせる姉に反論する。 「てめーで買って食えばいいだろうが」 「ひと口でいいのよ。1個食べると太るじゃない」 「何がひと口だよ。渡したが最後、全部食っちまうくせに」 「しょーがないじゃないよ。おいしーんだから」 「だから買えっつってんの」 まるで子供の喧嘩だ。 ギャーギャーと店先でわめく2人の間に新しいソフトクリームが差し出された。 沈黙して持ち主を見ると店番のおばさんだった。 70過ぎと言ったところか、少しふくよかな、日本の母という印象が浮かぶ。
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