第1章 桜

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東屋(あずまや)は駄菓子屋だ。 店構えからして年季が入っていて、左右に開く木枠のガラス戸が出入り口。 かつては鮮やかな緑と白のストライプだったであろう庇には平仮名で「あずまや」とプリントされていた。 極めつけはこの姉弟が座っている縁台だ。 木製で、茶色ではなく灰色に近い色になっていてかなり古い。 腰を掛けるとき軋みをあげてグラつくところなど申し分ないほどの年代モノだろう。 「いつもよく来てくれるから、オマケだよ」 笑うとシワが目立つおばさんの目はとても優しい。 「ダメだよおばさん。甘やかすと……」 「ありがとう! おばさんとこのソフトがいっちばん好きなの!」 注意を促していた弥の口があんぐりと開いたまま。 オマケしてくれたソフトクリームに舌を這わす桂月は本当に美味しそうに食べていた。 「いいじゃないかね、弥くん。こんなに喜んで食べてくれるならおばさんも嬉しいしさ…ふふふ」 「……ったく太るとか言ってたわりにはよく食うじゃねーか」 「美味しいものは美味しく頂くのが私のポリシーです」 幸せな証だろう。 笑顔で食べる姿が和やかな雰囲気を漂わせる。 ほんわかしたムードで好物を堪能した2人は丁寧に何度もお礼を言ってから家路を急いだ。 自転車の走りによって生み出される風。 自然が生んでいるものと違ってよそよそしい感じを受ける。 人工的に作り出す風と自然風との違いなど分かるはずもないが、今、受けている風は今朝の風とは何か違う。 身体を撫でる感覚的なものがそう印象づけた。 最近とみに五感に受ける刺激に対して敏感になっている自分に気づいている桂月は、なぜだろうと思考を巡らせた。 特に自然関係に感応することが多い。 『感応』 まさに字の如くだ。 声が聞こえるわけでもないのに、人間の手で折られた木々の枝が目についたり、踏まれた草花に気づくと思わず手を添えたくなる自分がいた。 何気ない風景が心に様々な感情を生む。 人間との付き合いにはない、何かが自然界には存在している……そんな気がする。 桂月はどちらかと言えば無神論者だ。 現実主義で、見えないモノは見えない。 見えるものは見えると考えている。 霊現象の類いや世界中に生息する幻のなんたらなどというものは、自分が体験しないと信じないタイプだった。
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