12人が本棚に入れています
本棚に追加
その彼女が感じているものは一体何なのか。
はっきりしない何か。
考えれば考える程、深みに嵌りそうな気がするが思考を止めることが出来ずにいた。
今朝の桜もそうだった。
3年前の桜は見ているだけだった。
だから素直に見つめ返していたのだが、今日のは明らかに違う感覚があった。
見ていただけではない、何らかの意志が伝わってきそうだったのに。
いっそ気のせいにしてしまえば良いのだろうがどうしても引っかかったまますっきりしない。
何を伝えたかったのか、どうして自分に?
本当の意志の持ち主は誰なのか……疑問ばかり溢れだして1つも答えが出ない。
家が近づいていた。
「……弥、降ろして」
「なんで?」
「いいから、降ろせ────っ」
ぎゅーっと首が締められる。
急ブレーキをかけて咳き込む弥を気遣うこともなく軽やかに地面に足をつけた桂月は一目散に走りだした。
「お……おいっ ゴホッ! どこに行くんだっ」
「ごめん! 夕方には帰るって母上に伝えといて!」
自転車が走ってきた道を引き返す彼女は、一度だけ振り返り弥に伝言を頼むと全力疾走し、あっという間に姿を消した。
「なんだ、あいつは・・・」
止めた自転車を再び漕ぎ出し、1分と立たぬ内に家に到着。車庫の僅かなスペースに自転車を立てかけて玄関に入った。
「ただいまー」
「おかえりなさい~弥くん」
音声オンリーのお帰りコール。
書斎にいる桃香は洋書の翻訳などを生業にしていて基本、仕事中は書斎から出てこない。
仕事中でも出てくるのは統斗の帰宅時のみという……なんというか……ラブラブ夫婦である。しかも玄関のドアが開く前にはスタンバっているという徹底ぶり。日常化すると気にならなくなる。
弥は書斎のドアをノックしてから声をかけ、桂月は夕方に帰ってくるという旨を告げると返事を待たずして自室へ向かった。
「そう……時期が来たようね」
せわしなく進めていたペンを止め、思いにふける母の顔には憂いが含まれていた。
最初のコメントを投稿しよう!