記憶

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「…………」 結局、また来てしまった。 もう陽が暮れる。 今日はもう会えないだろう。 それに、会ってどうするというのだ。 キスしたことを謝ればいいのか? 何故? 「し、白井……」 「水波っ」 うろうろとしていたら、水波に声を掛けられた。 水波を見れば、予期せぬことだったのか慌ただしくオロオロしている。そんな水波を見ていると、なんとなく気持ちが落ち着く。 「よぉ、なんだ、こんな時間にお出掛けか?水波様は大変だなぁ?」 「散歩だ。 七瀬が煩くて家を出てきたのだ」 白井が普段の調子で話しかければ、水波も普段となんら変わらず答えた。 目もきちんと合わせてくる。 「へぇー?せっかくだから付き合ってやるよ」 「勝手にしろ」 水波はそそくさと歩を進めるので、その隣を歩いてやる。 水波は会話をする気がないのか、無言のまま。市場に出ようとはしないようだった。 歩けば、だんだんと人通りが減っていく。 だけど、どこに向かっているのだ、なんて聞こうとは思わなかったし、会話をしようとも思わなかった。 お互い口を開けば喧嘩ばかりなのだから。 「ほぉ?」 大きな広場に出た。 桜の木が沢山咲いている場所。 人は白井と水波しか居らず、陽は落ちた。 そんな桜に月明かりが照らしており、なんとも美しく綺麗である。 「今日は一番桜が綺麗に咲く日なんだ。だから、見ておきたかった」 桜を見つめ水波は微笑みながら話す。 そんな水波に相づちを打たず、白井は水波を見た。 ドクン―――― 心臓が強く脈を打った気がした。 それが何を意味するのかは分からないが。 それでも、また水波の頭に桜の花びらが乗っていれば腕を伸ばし水波に触れる。 水波は何も言わなかったが、月明かりのせいだろう。 水波の顔が赤いように見えた。 「悪かったな」 「…なにがだ」 「キスしたことだ。 気持ち悪かったろ」 「………」 何故無言なんだ。 怒ってるのか? この俺が謝ってやってるのに。 「別に、気にしていない」 そうボソリと水波が言葉を溢せば、白井は「そうか」と返すことしか出来なかった。 二人で一緒に桜の木を眺める。 月明かりが照らす夜。 今日の月は一段と大きく、その分、光も強かった。 「…水波」 「…ん?」 あぁ、本当に無防備な奴。
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