59人が本棚に入れています
本棚に追加
ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。
なんて、そんなことを思っても実際は手を出せないのだ。
水波を見れば、頬を淡いピンクに染め、涙目で目を逸らす。
「…………」
そんな水波を見るのと同時に、白井は正気に戻った感覚に捕らわれ、つい咄嗟的に水波から離れる。
沈黙が流れるまま、水波は体を起こし、白井を見た。
「……今夜。
時間空いてるか?」
「はぁ?なんで」
たった今襲われ掛けたのに、その襲った相手に今夜空いてるかなど、無用心にも程があるし、無防備過ぎる。
一体コイツは何を考えてるんだ。
「渡したい物があるんだ」
「渡したい物?今じゃ駄目なのかよ」
「………駄目だ。今は…渡せない」
今は、ってそれはつまり、夜なら渡せるということだから、なにか注文していて、それが夜には届くと、そういうことなのか?
水波は長い髪の毛を1つに後で結い、布団から出る。
「…わかった」
と、それだけを言い、白井は水波の部屋を出る。きちんと襖を閉めて。
いつもと同じ場所に腰をかけ、溜め息をはく。
「なぁ白井」
「なんだよ、着替えるみたいだったから出てきたのに」
襖を通しての会話。
お互いの顔は見えない。
だから、水波の声がどこか普段と違うように聴こえた。
「…なんで……その、キスなんてしたんだ」
なんとなくだが、水波がそんなことを聞いてくるような気はしていた。
声のトーンが普段よりも少しだけ高いし、ほんの少しだけ声が震えていたから。
緊張しているのか。
「…さぁ」
「ちゃんと答えてくれ!
こんな…ハッキリしないままなんて嫌だ」
ハッキリって。
なにをハッキリしろと言うのだ。
自分だっていまいち分かってない。
それに、ハッキリしないままが嫌だって。
コイツはそれをどんな顔をして話しているんだ。
「………」
「白井…オレのことが好きなのか?」
「っぶ、っははははっ」
思わず笑わずにはいられなかった。
まさか、ストレートにそんなことを聞かれるなんて思わなかった。
それに、
自意識過剰なんじゃねぇの?
笑って笑って笑うしかなかった。
「わ、笑うなっ」
襖の先に水波がいて良かった。
俺は今、自分でもどんな顔をしているか分からない。
分かることは、鼓動がやけに早く、普段よりも顔が熱い気がする。
ただそれだけ。
最初のコメントを投稿しよう!