記憶

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水波がこの世を去ってから、初めての春が来た。 まだ肌寒い季節ではあったが、水波のことを思い出すと胸が熱くなる。 スターチスの花束を1つの墓に添えた。 それは水波の墓。 1年。 まだ、1年しか経っていない。 それなのに、 水波はどんな顔で笑っていたっけか。 「お、白井も来てたんだね」 聞き覚えのある声。 後ろを振り向けば、小菊を持った蒼井が居た。 蒼井も墓参りに来たようだった。 「まだ…命日には少し遠いよ」 「いいんだよ」 「っはは、しかも、スターチスの花って。白井はこれだから」 クスクスと笑いながら、蒼井は小菊をスターチスの隣に添え、手を合わせた。 そのまま何を語りかけているかは知らないが、目を瞑ったまま黙り込んでいる。 蒼井はいつも忙しい男だ。 きっと、命日の明後日には来れないから、来れる今日に墓参りに来たのだろう。 それに比べ、白井は暇人とまでは行かないが、忙しい男ではなく、墓参りなど来ようと思えばいつでも来れた。 わざわざ、命日にでも無い今日を選んだのには理由があった。 それは、蒼井も同じことだろう。 「水波様に言うこと。 なにもないの?」 「はぁ?こんな馬鹿に何を言えってんだよ」 蒼井は苦笑いを浮かべ、近くに咲く桜の木を眺めるように見た。 それに釣られたように白井も見れば、再び胸が熱くなる。 「今年も。 綺麗に咲いたねぇ」 「…ああ」 水波にもこの桜をもう一度、、 「見せてあげたかった?」 「あ?」 「っふふ、どうせ、水波様にもう一度この桜を見せてあげたいんだとか考えてたんじゃないの?」 「っ……うっせぇっ!」 蒼井は時折、俺の心を読んでいるかのように鋭い。 それが物凄くムカつく。 白井はいつまでも墓の前にいる蒼井を無視し、墓を後にした。 沢山の人が入り交じる市場を歩き、たい焼き屋に目を止め、そのたい焼きを買ってしまう。 たい焼きを口に含みながら、甘ったるい餡にイラッときてしまう。 そんな甘い餡が少しだけ、昔のことを思い出させようしてくるのだ。
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