記憶

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「なぁ知ってるか?スターチスの花言葉はな、変わらぬ心。途絶えぬ記憶っていうんだよ」 屋敷の庭に咲いているスターチスを見ながら、水波はニコニコと説明をした。 「はぁ?なんだそのくっせぇ花言葉」 そんな水波に暴言を吐くような態度を取っているのは、白井。 水波、白井、蒼井。 この3人は昔ながらの幼馴染みであり、地位は違えど、仲が良かった。 蒼井はいつもとなんら変わらぬ笑顔をクスクスと浮かべながら、お茶を飲んでいる。 「白井っ、おまえはなんでいつも」 「へーへー、水波様の自慢話には聞きあきましたよー。大人しくたい焼きでも食ってろ」 怒鳴るように白井を睨んだ水波に、白井はあしらうように、水波の口にたい焼きを放り込んだ。 「むぐっ、っ……」 たい焼きは水波の大好物である。 たい焼きを食べながら、水波はスターチスだとかいう花を眺めている。 花のなにが良いのか、白井にはいまいち解らず、皿に乗せられているたい焼きを手に取り食べる。 「うぉえ、まっず」 クソみたいに甘い餡に、つい「不味い」なんて言葉を溢してしまう。 それを、聞いた水波は、 「不味いなら食べなきゃいいだろ」 と。お決まりの台詞を言ってみせるのだ。 「あぁ?誰が買ってきてやったと思ってんだよっ」 「買ってこいなんて頼んでない」 ツン、と水波は反抗的に言葉を返し、呆れたように蒼井が溜め息を吐いた。 手にはたい焼きがある。 「こーら、二人とも。 喧嘩は良くないよ」 いつも、白井と水波がヒートアップする前に止めに入るのは蒼井だ。 「せっかくの花見が台無しになっちゃうだろ?いつまでこうやって一緒に入れるか解らないんだし、もう少し平和でいこうよ」 仰る通りで、とお互いに思ってしまったせいか、睨むだけ睨んで甘いたい焼きを食べる。 風が吹けば、庭にある大きな桜の木は花びらを飛ばす。 その花びらが水波のお茶に入ったのを白井は見たが、なにも言わず、水波の頭に手を伸ばした。 「っ、な、なんだよ」 「あ?花びらが頭に着いてたから取ってやったんだろうが」 「…そ、そうか……それは…悪かった」 頬を少しだけ染め、水波は白井から目を逸らした。 水波の頭から手を離した白井の手には、桜の花びらなど在りはせず、水波もその事に気付いていたが、口にすることはなかった。
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