記憶

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「白井お兄ちゃんは七瀬のこと嫌いなの?」 七瀬は悲しそうな表情を浮かべ、白井に言う。白井は顔色1つ変えずに頭を撫でてやれば、水波はあまり良い顔をしなかった。 七瀬は「ねぇねぇ」と言わんばかりに目で訴えてくるものだから、仕方なく白井は答えてやる。 「そうじゃない。七瀬は家老の娘だ。家老の娘は偉い人だから、婚約者っていう結婚する相手がいるんだぜ? それに比べ俺は武士の家でもないんだ。そんな身分の違う俺と七瀬は結婚なんて御法度。こうやって会うことすら、本当は駄目なんだ」 「どうして?」 「それが決まりなんだよ、七瀬」 どうして、という質問に白井が困っていれば、代わりに水波が答えた。 決まりと言っちゃえばそうなんだが、それだけで七瀬が納得するとは思えなかった。けれど、決まりなのだ。 水波の言ったことは正しい。 その決まりを覆すことなど出来はしない。 覆すことが出来るのなら、当に覆しているのだから。 「っふふ、七瀬様にはまだ難しい話ですよ。それに七瀬様はまだ二十歳じゃないんですから、結婚はまだ先の話になります。それにですね?こう見えて白井は、心に決めた相手が居ます故」 「っ、おいっ、蒼井っ」 蒼井はからかっているのか、白井に「ね?」と言う。白井は頬を少しだけ染めてしまい、否定を出来ずにいた。 七瀬を見れば、七瀬は驚いた顔をし、それは水波も同様であった。 少しだけ胸が熱い。 「白井お兄ちゃん……」 寂しげに七瀬は呟き、この場を後にしてしまう。 シーンと静まり返った沈黙を破ったのは水波であった。 「……知らなかった。おまえに、そんな奴がいたんだな」 その声はどこか、七瀬と似たように寂しげであり、イラッとくる。 胸が熱くて熱くて仕方がない。 それに、蒼井にも腹が立つ。 心に決めた相手が居るなど、七瀬に言う必要はない筈なのに。 からかうのも程々にして欲しいものだ。 「いちゃ悪いかよ。てめぇには関係ねぇことだろ」 つい、嫌味のように言ってしまう。 決して、そんなことが言いたい訳では無いのに。 「そ、そうなのだが、その……驚いたんだよ」 「なんで」 「………」 不機嫌になってしまう。 水波は目を合わせようとしない。 蒼井は呑気にお茶を啜っている。 なんなのだ、この空気は。
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