忠告 type『B』

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 もう傷もほぼ痛まないから、隣へ移るくらい訳はない。だから、男の残していった言葉がなければ、俺は何の迷いもなくそれに頷いただろう。  でも、聞かされていた通りの内容を告げられたら、どうしても二の足を踏んでしまう。  あまり調子が悪いので動きたくないとか、退院はすぐなのに手間が今から移動なんてかかるでしょうとか、あれこれ言い訳を口にしてみたけれど、どうしても看護士は引き下がらない。だから俺は渋々折れて隣のベッドに引っ越した。  脳内を、男の言葉と、どうしてベッド移されたのかという疑問がひたすら巡る。食事の間も消灯後もただそれだけが渦巻いて、ふと気づいた時、時計は午前零時を回っていた。  午前二時になるまでにベッドの下に隠れて。  頭から離れない一文が強く意識に浮かんでくる。  午前二時。確かに男はそう言った。  その時間に何かが起きるのか? 起きるとして、何が? そもそも、ベッドの下に隠れたら回避できることなのか?  違う疑問が脳内を巡る。その間にも時間は過ぎて行く。  気づいた時、ベッドサイドの時計は二時十分前を示していた。  ベッドの下に隠れる。簡単なことだが、正直、まだ手術の痕は若干痛むし、そんな真似をすること自体が億劫だ。でも、あんなふうに潜めた声で告げられた言葉だ。聞き流していいものではない気もしている。  猶予はもう十分足らず。その短い時間の中でギリギリまで迷い、俺は、結論を行動に移した。  何もしない。そう決めた。  昨日、ほんのちょっと顔を合わせただけの見ず知らずの男。そんな相手の言葉に従う意味が判らない。  午前二時にベッドの下に潜り込めなんて、普通じゃありえない指示だ。そんなことをわざわざ見知らぬ他人に言うからには、元々、 ここには何かがあるとか起きるとかを知っている必要があるだろう。  でもあの男は、具体的なことは何一つ口にしなかった。  あれが何か重大な忠告なら、初対面の相手にそれを信じてもらうためには具体的な話をするべきだろう。なのにあんな抽象的なことだけを言われても、はいそうですかと鵜呑みにする気にはならない。  そもそも、俺は入院してからずっと隣のベッドにいたのだ。午前二時にそんな真似をしなきゃならない程の現象が起きていた場合、それに気づかない筈がない。
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