忠告 type『B』

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 翌朝、俺は看護士の悲鳴に叩き起こされることになった。  朝の検診に来た看護士が、カーテンで区切られたこの一角の異常に気づいたのだ。  床に残る赤黒い痕跡と、ガタガタに歪んだ今にも壊れそうなベッド。そして、ベッドの下の床には、周辺よりもさらに赤黒さを増した、大小無数の拳の跡。  ちなみに、すぐさま診察室に運ばれ、検査を受けた俺の身体にも、拳の形でこそなかったがいくつかの痣ができていた。  その後、別の部屋で院長と担当医に事情を聞かれ、俺は、一昨日からの総てを二人に話した。だが、俺の言葉に二人を首を傾げるばかりだった。  二人が言うには、場所移動の指示など出してはいないし、そもそも、昨日退院した患者は一人もいないというのだ。  念のため、病院中の看護士に面通しをさせられたが、そこに、ベッドの移動を訴えてきた看護士の姿はなかった。ただ、後からこっそり戻って来た古参の看護士が、もしかしたら俺が会ったという男は、数年前にあの病室で亡くなった患者さんではないかということを教えてくれた。  受け持ちではなかったため、病名などは覚えていないが、退院間近に容体が急変し、そのまま帰らぬ人となったという。ただ、亡くなる少し前に担当の看護士に、病室に異常があるというようなことを話していたらしいが、それを聞いた看護士は程なく病院を辞めてしまったため、詳しい話は知らないらしい。  あの男は何者だったのか。昨夜の出来事は何だったのか。結局何一つ判らないまま、数日後に俺は退院した。  でも、判らないことだらけだけれど、一つだけはっきりしていることがある。  もしあの男の言葉に従っていたら、俺は、もう生きてはいないだろうということだ。  あの日、従うことを拒んだ忠告。本当に、聞き入れなくてよかったと、あの夜の記憶が甦るたびに、俺は心からそう思うのだ。   忠告 type『B』…完 
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