169人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
水の分子はくっつきたがる。
コップギリギリまで入った水も
あふれそうであふれない。
俺のコップはあのときこぼれた。
たまったとも気付かなかった水が、だばだばと。
そそいだ人間とは無関係な方向へ、汚れた水が流れていって、大切なものを汚してしまった。
◇
高校には、必ず目立つ人間というものがいる。
クラスが違っていても名前が耳に入ってくるようなそんな人種。
皆川朝陽はそんな目立つ人間の中のひとりだった。
制服を着崩し、平気でチャラチャラとアクセサリーをつけて学校に来る。だけど明るく賑やかで、みんなに好かれる。
俺とは異次元の生命体。
なのに、持ち前の明るさで次元の壁をすり抜けて、俺なんかに気さくに話しかけてきた。
楽しそうに、何度も何度も。
俺なんかと話して何が楽しいのか。
そう思うけど、よそから引っ張ってきただけの、俺の借り物の知識を披露するとすごく喜んでくれる。
自分がまるで、博学で優秀な人間になったみたいに勘違いしそうになる。
俺の話を喜んで聞いてくれる唯一の人物。
話しかけられると嬉しくて、近くにいて気付いてもらえないと寂しい。
でも、そんな日々も半年しか続かなかった。
学年が変わると教室が離れ、もう、話しかけられる事もほとんどない。
皆川と話す以前に戻っただけ。
そのはずなのに、どうにもならない喪失感。
『得る喜びを知らなければ、失った悲しみも知らずにすんだのに。』
小説や歌詞でよくあるフレーズ。
諸行無常とわきまえていれば、どうにかなるものだと、他人事のように思っていた。
未熟な俺には悟りなんて遠かった。
そんな時に、隣の部屋から漏れてきたかしましい電話をする声。
ああ、失った大切なモノまで、俺が持っていないもの全てを持っている妹に盗って行かれる。
そう思ったとき、俺の水はこぼれた。
最初のコメントを投稿しよう!