あふれたコップと表面張力

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水の分子はくっつきたがる。 コップギリギリまで入った水も あふれそうであふれない。 俺のコップはあのときこぼれた。 たまったとも気付かなかった水が、だばだばと。 そそいだ人間とは無関係な方向へ、汚れた水が流れていって、大切なものを汚してしまった。 ◇ 高校には、必ず目立つ人間というものがいる。 クラスが違っていても名前が耳に入ってくるようなそんな人種。 皆川朝陽はそんな目立つ人間の中のひとりだった。 制服を着崩し、平気でチャラチャラとアクセサリーをつけて学校に来る。だけど明るく賑やかで、みんなに好かれる。 俺とは異次元の生命体。 なのに、持ち前の明るさで次元の壁をすり抜けて、俺なんかに気さくに話しかけてきた。 楽しそうに、何度も何度も。 俺なんかと話して何が楽しいのか。 そう思うけど、よそから引っ張ってきただけの、俺の借り物の知識を披露するとすごく喜んでくれる。 自分がまるで、博学で優秀な人間になったみたいに勘違いしそうになる。 俺の話を喜んで聞いてくれる唯一の人物。 話しかけられると嬉しくて、近くにいて気付いてもらえないと寂しい。 でも、そんな日々も半年しか続かなかった。 学年が変わると教室が離れ、もう、話しかけられる事もほとんどない。 皆川と話す以前に戻っただけ。 そのはずなのに、どうにもならない喪失感。 『得る喜びを知らなければ、失った悲しみも知らずにすんだのに。』 小説や歌詞でよくあるフレーズ。 諸行無常とわきまえていれば、どうにかなるものだと、他人事のように思っていた。 未熟な俺には悟りなんて遠かった。 そんな時に、隣の部屋から漏れてきたかしましい電話をする声。 ああ、失った大切なモノまで、俺が持っていないもの全てを持っている妹に盗って行かれる。 そう思ったとき、俺の水はこぼれた。
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