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◇
会うたびに俺の濁った水も汚れた器も皆川に洗われていく。
うすぼんやりとした視界がクリアになっていくみたいだ。
現実がどんどん色付いていく。
世界が賑やかに、なのに優しくなっていく。
俺に優しくされる価値はあるのか。
なのに容赦なく与えられる優しさ。
「好きだ」という言葉さえ拒む間もなくすっとしみ込んできてしまう。
まるで今までとは全く別の世界に生きているみたいだ。
これからもし俺の器に大きなひびが入ったとしても、
どんなに時間がかかってもそれを修復し、きっとまた立ち上がれるだろう。
それくらい前向きで強い力を皆川とその家族に貰った。
かすみ、ボヤけていた俺の世界が、鮮やかに息づく現実に変わって行った。
◇
水の分子はくっつきたがる。
2つの水滴が近くにあれば、おたがいに吸い寄せあって一つの水滴になる。
そう言うと皆川は
「オレたちみたいだな」
と、嬉しそうに笑った。
俺は泥水で皆川はきれいな天然水だ。
一つになれば汚してしまう。
「泥水って、時間がたったらチンデン(沈殿)してきれいな水になるんだろ?」
まぁ、坂崎は泥水なんかじゃないけどな。
そういって皆川が抱きついてくる。
皆川は単純明快だ。
汚れてるならきれいに洗って汚れを落とせばいいと思っている。
「坂崎は泥水なんかじゃねぇよ。だって、こんなに美味しい。」
首筋を舐め上げてくる。
ただ、肉欲に溺れているだけじゃないのかという疑いは捨てきれない。
それでも、俺なんかを求めてくれるこの手を払うなんてできない。
皆川に求められるなら何でも与えたいと思う。
「あ、もうちょっといいだろ。ちゅってするだけだから。」
だからといって、それとこれとは別だ。1階の部屋には皆川の家族がいる。節度は守らなければ。
「なんでも言うコトきくとか言ったくせに、全然言うコトきいてくれねーよな。」
もともと俺は狭量な人間なんだ。
この家に招き入れてもらえる…その幸せをまだ手放せない。
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