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ここ最近、食後に彼女の志保と散歩に行くようになった。
志保は歩くのが嫌いだ。
どちらかと言うと、いつまでも家でのんびりと食事をする方がどうやら好きらしい。
彼女とは反対に俺は散歩が好きだ。
何も考えずに、昼でも夜でもただひたすら歩くのがいい。
志保が散歩を始めたのは、ほんの少しのきっかけだった。食後に、テレビCMで流れたアイスを志保が食べたいと言い出したからだ。
じゃあコンビニへ一緒に行こうかと俺が誘い、夜の散歩へ出た。
コンビニでお目当てのアイスを買い、店から出た時。
先に外へ出た志保が、店先の殺虫ライトを見上げている。
そこにはたくさんの虫が青い灯りに引き寄せられていて、虫が死ぬたびにバチバチと音を出している。
「ねぇねぇ、尚くん。あそこ見て」
殺虫ライトを指差して、そちらから目を離さずに俺に言った。
志保に促されて上を見ると、殺虫ライトのすぐそばに、何匹かの蜘蛛が巣を張っている。殺虫ライトに寄ってきた虫が、蜘蛛の巣に引っかかって絡め取られている。
その様子を見ても、俺は別段感動する訳もなく、はあ、と気の無い返事を返した。
俺の態度を気にすることなく、志保はまだ蜘蛛の巣を見上げている。「あんなにグルグル巻きにするんだね。まだあの虫、動いてるのにすごく器用に巻き付けてる……」
このまま放っておけばいつまでも眺めていそうな彼女に、アイス溶けるよ、と声をかけてその日は帰宅した。
そしてその日を境に、彼女は俺に散歩に連れてってほしい、とせがむようになった。
いつも一人で歩いていたから、志保が来たいと言うのはほんの少し嬉しい。
しかし、志保は蜘蛛の巣を見つけると足を止める。
意外といろんな所に蜘蛛の巣は見つけられるが、彼女がお気に入りなのは公園の躑躅(つつじ)の生垣にある蜘蛛の巣だ。
そこにいる、はっきりと黒と黄色が見える大きな女郎蜘蛛が一番お気に入りだ。
しかしいくらお気に入りでもただ巣にいるだけでは彼女は喜ばない。
その蜘蛛が虫を捕らえて捕食する様がないと興奮しないようだ。
「いるけど、今日は何も絡まってないね」
毒々しいフォルムの蜘蛛を至近距離で見つめながら、志保はつまらなそうにつぶやいた。
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