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到着した電車から降りると、駅には仕事を終えた大人や学校帰りの生徒などたくさんの人たちが疲れたような表情で待っていた。邪魔にならないように改札口の方向へ、誰にならうわけでもなく進んでいく。人の流れに乗って足を進めるせいか、頭の中は何も浮かんではいなかった。
唄淵で手に入れた切符は自動改札を通らない物だったから、駅員に渡して通る。流れ作業といわんばかりに受け取られたそれは、さまざまな切符の中に紛れてしまう。今日、私はあの場所に確実に居たんだという軌跡を失ったようで、何故か心の騒めきを感じる。
ほんの軽い気持ちで思い立った一人旅は予想外の展開を用意していた。
それは後悔と表現すべきか、絶望と呼べばいいのか今の私には分からない。
ただ、危険を察知して警告をしてくれたあの彼には会えて良かったと、無理やりにでも思うことで自分自身を理解させた。
ここで立ち尽くしていても何も変わらない。
早く住処に帰ろう。ぽつぽつと降り始めた冷たい雨を頬に受けながら折り畳み傘越しに空を見上げる。
「早く、帰らないと」
誰もいない一人きりの部屋を目指して歩き始める。
華は幼い頃に交通事故で両親を失っていた。まだ記憶力もままならない頃の出来事であったから、一緒に同乗していたにも関わらず何が起こっていたのかは覚えていない。ただ唯一、感覚として覚えているのが母の必死な声と手の温もりだけだ。額に触れる柔らかな感触と、何かを願うように華へ向けられた言葉が体へ刻まれている。
そのあとは父方の祖父母に引き取られ、大事に育ててもらった。決して、邪険にすることもなく優しく受け入れてくれた二人には返しきれないほどの恩を与えてもらった。でも、その二人ももうこの世界には居ない。
時というのは残酷で、恩返しをする前に何もかもを奪い取ってしまったのだ。
二人の葬式を終えた頃に今度は母方の祖父母たちが声を掛けてくれたが、もうこんなに悲しい思いをするのは嫌だと伝えた。今は時々、三人で私を守ってくれた人たちの墓参りをするときに会うくらいだ。物心ついたときには一人きりの冷たい部屋に帰るしか、華には選べなかった。
雨脚はそんな華に追い打ちをかけるように強まっていく。
近道を思いついて細い裏路地を選ぶことにした。なぜ、普段使うことのない道を進んでいるのか自分でも分からない。
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