雪乃 八重

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「では、頼む」 「はい」 失礼します、と軽く会釈をして重厚な扉の先へと出る。 明治の建物を彷彿とさせるようなその廊下や部屋の内装は、正直言って息が詰まる。胡散臭いだけでなく悪趣味な上司に向けてため息をつき、今回の案件へと向かう準備を進める。 彼女は艶やかな黒髪を結い上げ、上司から受け取った資料に目を向けた。若い女性の写真が一枚と、名前や経歴などの書かれた紙がファイリングされている。もちろん住所も記されているため、乗り込んだ車のナビに設定する。至って普通の外見だが、家族構成や経歴を見ただけでも相当な人生を歩んで来たことが窺い知れた。 「七白、華…」 この案件ばかりは何故か嫌な気配がする。 声に出して呼んだだけなのに、体に走る寒気は鋭いものだった。 彼女は先程の上司である男と二人で拝み()を開いている。拝み屋というだけあって二人とも霊感はかなり強く、そこらにいる霊能力者とは比べ物にならない。それどころか日本に居る拝み屋の中では五本の指に入るほどの実力は兼ね備えているといっても過言ではないはずだ。自ら過大評価するわけではないが、何でも引き受けるほど敷居は低くない。簡単な除霊や御払いというものは専属の者が居るのだから彼らの邪魔をする気はないという、小さな意思表示でもある。 しかし表立って名前を売っていないため、彼らを知っている人間も数少ないはずだ。それに普段はアクセサリーを制作販売しているごく普通のクリエイターであるため、どちらが副業かと分からなくなることもしばしば。最近はどちらも副業のような気がして複雑な心境である。 さて、その二人が七白華という女性を知ったのは単なる偶然によるものだった。 ほんの数か月前のことだが、二人の元へ初老の男性が尋ねてきたことがきっかけである。孫が生まれたが、代々憑き物に悩まされていて今まで生まれた男の子は原因不明の発熱によって一週間以内に全員亡くなっており『一族は名だたるものだがこのまま養子を迎えるばかりでは血が薄くなってしまう、どうか払っては貰えないだろうか』といったような内容だった。その家族の歴代構成や、本来の出身地など様々なことを調べ上げていくと、とある一族の名が浮かび上がったのだ。
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