雪乃 八重

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門の方へ向かうと一人の女性がこちらを静かに見つめていた。落ち着いた色合いの着物がよく似合う人だ。二十代半ばくらいに見える女性は無表情に頭を下げて、中へと示しながら門の中へと入っていった。 上司へ目を向けると何を言うでもなく黙って女性へついていく。私もそれに続き、門を通るとようやく屋敷の全貌を目の当たりにする。 物々しい、と感じたのはあながち間違ってはいなかった。だが、それ以上に威圧感にも似た身が竦むような不穏な空気が立ち込めている。あまり長居はしないほうがいい場所だと、直感のようなものが訴えかける。 「…ん?」 「ちょ、っと。何ですか?」 上司がぴたりと足をとめた。危うくその背中に顔面をぶつけてしまいそうになるのを寸前で避け、恨めし気に問う。むっとした顔の私に、進行方向を指さしてこう言ったのだ。 「さっきの女どこに行った?」 「え?どこって、そこに…」 同じように進行方向へ指を差しかけた右手を中途半端なところで止める。 見失ったというべきなのか。あの女性の姿はなく、代わりにその場所には無数に並ぶ燭台があるだけだった。どれも腰ほどの高さまであり、それぞれに名前が彫ってあるようだ。 「これは」 何?と上司に聞く間もなく口をふさがれてしまった。もがいていると誰にも聞こえないようにと耳打ちをされる。この場所を写真に押さえろーーと。 言われるまま、急いで小型の一眼レフを取り出して何枚か写真を残した。映りの悪いものはないか確認をしていると、歩いて来た方向から男性の声が不審げに響く。 「誰ですか」 上司がカメラを持つ私を隠すように振り向いた気配がした。慌てて鞄の中に隠して、恐る恐る上司の背後から顔をのぞかせる。初老の男性が顔を顰めて私たち二人を睨み付けていた。 「今日、お伺いの旨を伝えておりました祓の者です。如月様でしょうか」 慌てた様子もなく男性の問いかけに答えると私を背後から引っ張って横へと直させる。如月、という名を耳にして鋭い視線を向けていた男性はわずかだが警戒していたのを解いてくれた様子だった。
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