七白 華

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「ああ、観光に来たのか。それならよかった」 ほっとした表情を浮かべた男は付いて来なよ、と駅の方へ戻る。どういう意味なのだろうかと、続きを待てば苦笑いをしながら話を聞かせてくれた。 「たまに、ここへ肝試しだーって大学生くらいの人が来るから時々見回ってるんだ」 「肝試し、ですか」 「そう。何年か前に唄淵は駅の反対側へ今は移ってるんだよ。だから旧唄淵の方は古い建物とかが崩れだして危ないから立ち入り禁止なんだけど、迷い込んだ誰かが噂をたてたんだろうな。その光景と崩れた建物の音が怖かったみたいで幽霊だー、ラップ現象だーって」 困ったもんだよ、と笑い話にしながら駅に戻った二人は駅のホームへ入って線路を横断できるように埋め込まれたブロックの上を歩いていく。その先には階段があり、草も植木も手入れが施されていることがわかる。 「うわ…ぁ!」 そこには写真で見たとおりの、綺麗な湖が見えた。間違えて行ってしまった方も綺麗な景色だったが、こちらは人通りもあってご飯処から漂ういい匂いもした。何より、真新しい建物が並んでいることが妙な安心感を与えてくれる。 「あの、ありがとうございます。見つけてくれて」 きっと彼が見つけてくれなければ落胆に肩を落として帰ってしまうところだっただろう。深々と頭を下げると男は手を慌てて、そんな大したことはしていないからと謙遜した。むしろ、分かりにくいこの町に来てくれてありがとうと、お礼を言われてしまった。心の優しい人だ。 「ところで唄淵には、どんな観光を?」 男は不思議そうな――いや、どこか探るような不審の色を浮かべた様子で問う。それもそうだ。どこから来たのか得体の知れない者を、ましてや女一人だ。疑り深く見てしまうのは当然だろう。景色は綺麗だが田舎そのものの地で育ってきた人からすれば、よそ者とは異物なのだ。なるべく不信感を持たせないように言葉を選びながらだが答えた。 「ネットで見たんです。唄淵には綺麗な湖とコスモス畑があって、手打ちそばも美味しいところだって。見ての通り一人なので、たまには旅なんてかっこいいかな、って思って」 言ったことは本当だ。小説のネタ探しと称して観光しに来たことも。 ただ、一人旅をする女性の物語とかかっこいいじゃん?なんて単純な下心もあったりするが。 目の前の男はそんなことは知らない。爽やかな笑顔で楽しんで行って下さいね、と答えてくれた。
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