七白 華

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ついでとばかりに、男にコスモス畑の場所と美味しい蕎麦を食べれるお店を教えてもらってから別れた。どうやら仕事の合間だったみたいだ。申し訳ないことをしたと謝ると、帰りでもいいから店に寄ってくれと笑ってくれた。駅の近くに構えているそうだ。来た道を戻っていく男の背を見届けると、さっそく昼ご飯だと教えてもらった蕎麦の店へ向かうことにした。ここへ来るだけで何時間かかったのだろう。乗り換えた電車の待ち時間が1時間もあったせいだ、と恨めし気に思い出した。帰りも似たようなものだろうな、と思うとげんなりする。 もう昼時だ。男は何の店をしているのか少々気になったが、まずは腹ごしらえだなと嬉々として足を運ぶのだった。 ――― 噂通り、蕎麦もコスモス畑も良かった。どうやらこの小さな町は秋になると、蕎麦の花とコスモスで辺りを一面埋めてしまう運動をしているらしく、稲穂は別の区画で育てられていた。きっと私のような観光客のために、楽しんでもらおうと計らってあるのだろう。唯一の大きな通りの傍は蕎麦の白い花とコスモスの鮮やかな色ばかりである。 ちなみに観光用売店でコスモスドレッシングなるものを見つけて、はしゃいでいたところをお店のおばあちゃんに笑われた。桜の塩漬けの要領で作られたそれは、中にコスモスの花びらがふわふわと舞っており、味もいいのだよと教えてくれた。みんな町おこしのために頑張ってるんだなと、じんわり涙ぐんでしまったのはバレているだろう。 そんなこんなで今私は、ある場所へと到着したところだ。 まだ秋だというのにそこは肌寒く、ちょうど夕方には日が当たらないのだろうか。どんよりと薄暗かった。 『唄淵社』と石に彫られてある。ここが、本来の目的なのだ。 こんな(と言っては失礼かもしれないが)片田舎に何時間も掛けてくるのには理由があった。わたしは元々こういう歴史のあるものや雰囲気を感じるものが好きで、過去にも何度か人がなかなか寄り付かないような場所へ行ったことがある。 もう何年か会っていないが友人に話すと眉をしかめられたのも、いい思い出である。 ぼーっと社を眺めていると、不意に社の名が彫られた大きな石の裏が何故か気になって回り込む。 そこには童唄のような文が小さく彫り込まれていた。
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