七白 華

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あこあこ あがつたおにいさん たいそな べべきて はばかりさん いごくな きよるな やにこいけ ややこ ややこし おさがりさん 童歌だろうか。それは小さく彫られており、ずいぶんと昔からあるようだ。苔むして黒ずんでいるせいで、ただ見ただけでは気づかなかったかもしれない。どうしてこんなところが気になって見てしまったのか、自分でも分からなかった。 に、してもさすがに唄淵というだけはある。もしかして、探せばこんな風にもっと色んな唄が残っているのかもと思い、社の敷地内をくまなく探索する。 人気のない場所をざわざわと木々が風に揺れているおかげか、不思議と怖くはない。けれど懐かしいような、早くここから出て行きたいような妙な感覚はあった。 それからしばらくの間うろついてみたものの、その唄以外は見つからなかった。何だか物足りなさを感じながらも、はっと空を見上げるともう夕焼け色だった。そんなに長い時間ここに居たのだろうか。電車の時間まで一時間を切っている。やばい、案内をしてくれたあの人の店に行く約束したんだった!と慌てて社を後にして鳥居をくぐった時だ。  ---、 「…誰?」 風にかき消されそうな、かすかな声が聞こえたようだった。町の人が私を呼び止めたのだろうかと振り向くがそこには誰もいない。気のせいかと、止めた足を慌ただしく進めて店を構えているからと言っていた男のところへ向かうことにした。 ―――― 男の店はどうやら陶芸を作っているらしかった。味のある大きな黒い板に彩々陶芸と大きく書かれている。なるほど、来てみたら分かるよと言っていた意味はこれか、と笑ってしまう。 店の中に入るとたくさんの陶芸品が並べられていた。茶碗や湯呑、花瓶など日常で使えそうな物から鑑賞用にだろう屏風型の物や時期をイメージしたのか紅葉が描かれた扇子の焼き物まである。ほーとか、へーとか凄すぎてまともな言葉は何一つ出てこない。 「お、ちゃんと来たんだ」 羊のかわいい置物を指でつついてたところで、あの男が店の奥から姿を現した。そろそろ来る頃かと思ってたよと汗を拭きながら笑顔を浮かべる。たぶん、奥に陶器を焼く窯があるのだろう。店に入る前に煙が黙々と細く上がっているのが見えた。 「おかげさまで楽しい観光が出来ました。ありがとうございます」
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