七白 華

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「いやいや。同じくらいの若い人が観光に来るなんて珍しいからね。また来てもらえると嬉しいよ。」 この町には20代までの若者がすくないんだと、面白くなさそうに男は肩を落とした。確かに観光していて、すれ違うのは高齢の方が多かった気がする。 コスモスがいっぱい咲いていて感動したこと、蕎麦をこの町ならではの食べ方をしていて驚いたこと(蕎麦に味噌ベースの甘辛いたれをかけて食べていた)もひとしきり話終えて、電車の時間も近づいていることだし帰ることを切り出す。もちろん、羊の置物は気に入ったのでしっかり購入済である。 「今日は本当にありがとうございました」 「また来てくださいね」 店の外まで見送ってくれたところでふと気づく。 「あ、そうだ。お名前を聞いてません」 「あぁ。俺は直人です。内海直人」 「そうでしたか。私は七白華です。またコスモスの咲くころに来ますね」 ひらひらと手を振って笑顔で見送る直人に応えた。 日帰りだったためか、今日という日が短かったように思う。近場を一人で散歩するのとは違う、初めての一人旅が無事に終わって胸がいっぱいだ。 駅に着くと電車が来るまで、もう少し時間があるみたいだった。来た時には居なかった駅員から切符を買って誰もいない駅のホームにぽつりと立つ。いい思い出が出来たなーとか、来年もまた来ようとか頭の中で独り言を思っていると、駅の階段を誰かが走って上ってくるのが聞こえた。時間までに余裕もって来ないから走るはめになるんですよ、なんてほくそ笑んでいると走ってきたのはさっき別れたばかりの人――内海直人だった。 明らかに焦った様子で私を目で捉えて、駆け寄ってきた。どうしたんだろう、何か忘れ物でもしたかなと首を傾げていたら彼は駅員に聞こえないようにか、小声で話した。 「七白さん、唄淵社へ行った?」 走ったせいで荒い呼吸のまま問いかけられる。黙って頷くと、彼はしまったと言わんばかりに俯いてしまう。ぎりりと、寄せられた眉間を見て初めて私は行ってはいけないところに行ってしまったのだろうかと勢いで謝る。 「違う、行ったことが問題じゃないんだ。」 は、はっ、と短い呼吸を続けながら彼は深刻な眼差しで聞いた。 『唄淵社と書かれた石の裏側を見たか』と。
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