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隠す必要はないだろうからと思って、恐る恐るだが私は正直に頷いた。苦悶の表情を浮かべる彼は何を思っているのだろう。
そして私が頷いたのと同時に、私の肩をがっしりと掴んでいた武骨な両手はあっけなく力をなくして滑り落ちる。ああ、くそ俺がちゃんと警告していればと小さく呟いたのがギリギリ聞き取れた。
「あの、どうしたんです?」
「すまない」
彼がそう、私に言ったのと駅に電車が到着したのはほぼ同時だった。誰も降りてこない電車のドアは一か所だけ空しく開いて、車掌が駅にいる者が乗り込んで来るのを待っている。すまない、そう言ったきり何も言わない彼は私に早く乗り込むように黙って促した。ドアが閉まる前に、もう二度とここへは来ないほうがいいと静かに告げられる。
「約束は?」
「だめだ。君が来る場所じゃない」
「どうして」
「あの唄を見つけたからだ。もう、ここには来るな」
ぷしゅー、と音を立てて閉まるドア。
慌てて誰もいない席に着いて窓を開ける。秋の冷たい風は暖かかくしてあった車両内に素早く吹き込んでくる。
「内海さん、あの」
「二度と来るな。来たら、君は、捕まってしまう」
「え」
「それが、”ミコ”の定めなんだ」
ミコとは何?と聞く前に電車が動き出す。ゆっくりと、段々早く走り出したために、直人が遠ざかっていく。
待って、まだちゃんと聞けてない。窓から顔をのぞかせて駅に佇む彼の姿を追いかける。まだ全てを聞けてないのだ。
「内海さん!どうして!」
左手を上げて、ゆっくりと手を振る彼は辛そうな表情だった。
―---
あれから、いくつの駅を通り過ぎただろう。
田舎の風景からビルやコンビニの並ぶ所謂ところの都会へ帰ってきた。もうすぐ夜だ。なんだか彼との別れ際のやり取りのせいか、ひどく体が重い。してはいけないことをしてしまったのだろうか。カメラに納めたあの石を見て深くため息をつく。
何気なく電車の窓の外を見ると今にも雨が降り出しそうな色だった。天気予報通りだ。秋の雨は冷たくて寒いから、降りる前にストッキングの上から靴下を履く。我ながらババくさい。
ふと、窓から見ていた夜の暗い空に妙な不安を覚えた。誰かに見られているような、近づいてくるような。トンネルに写った顔はひどく怯えていて、戸惑いを隠せない。頭を振る。だめだ、弱気になったりしては…。
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