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『クソっ、入れ、入れー!』
針穴を睨み、私は何度も何度も念じた。
蝉の鳴き声は、私の苛立ちを煽る。
裁縫と言う名の、私の処刑時間。
昔から裁縫は苦手だった。
なぜ針穴に、皆そう簡単に糸を通せるのか。
中学2年の夏。
私は家庭科の授業で、この疑問とまた戦っていた。
糸の先を指でひねり、先のばらつきをなくす。
小学生の頃はペロッとやっていたが、今は人目が気になりできない。
すでに縫い始めている友人の姿が一層私を焦らせ、失敗を煽る。
私がもっと器用なら…きっと、見える世界は違った。
何度も何度も、糸を針穴に差し込もうとするが、時間だけが過ぎていく。
これで入らなかったら、友だちに頼もう。
いや、この一度を私の人生の転機としよう。
もし、入れば私の新しい、見たこともないような輝かしい未来が。
入らなければ、失敗ばかりの荒んだ未来が待っている。
ラストチャンス。
私は全神経を指先に集中させる
成功のイメージを想像し、この一度を成功に、そして輝かしい未来を手にするために。
この瞬間、私はいつにない感覚を得た。
差し込んだ糸は、いとも簡単に針穴を通過したのだ。
それはまるで、針穴に糸が吸い込まれるように…
いや…
これは…
え?
そのまま糸を持つ指先、そして腕から全身を強い風が襲う。
私はあれ程手こずった針穴に、吸い込まれてしまうようだ。
必死に抵抗する中、針穴の先には光り輝く何かが見えた。
私はそっと目を閉じ、この運命を受け入れた。
これが全ての始まりだった。
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