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彼らが噂しているピンキー隊の小隊長。
それは紛れもなくジルバートのことで、昼間にあったやり取りから、カナミは容易に想像ができた。
「会うたびに剣を振れとか、技術を磨けとかうるさかったからな。 清々するよ」
「ほんとだよな。 今はそんな時代じゃないっしょ」
近寄ってくる際の僅かな会話内容だけで、カナミはなんとなくその裏を把握できた。
窓拭きや床掃除を専門に行う小隊などに意味は無い。
そんなものは別に雇った業者に依頼すれば良いのだから、わざわざ身内でやる必要は無いはずだ。
腐っても国家なのだ。
依頼する金が無いなんてことはあり得ない。
「なぁ、その話。 詳しく聞かせてくれない?」
丁度目の前を通り過ぎようとする二人組の兵士に、カナミは鉄格子の中から話しかけた。
無視されることも考えたが、意外にも兵士は足を止める。
二人は顔を見合わせて、そしてカナミの顔を見据えた。
奇妙な沈黙が続き、そのうち片方の兵士が手を伸ばしてカナミの頭を掴む。
そしてそのまま力を込めて引きつけた。
ガツンと大きな音を立てて、カナミの顔は鉄格子に叩きつけられる。
瞼が切れて、生温かい血が滴った。
「話しかけてんじゃねぇぞ、三重線。 自分の立場を考えろよ」
悶絶しているカナミを突き飛ばす。
そして何事も無かったかのように二人組は笑いながら去っていった。
カナミはあまりの痛みに顔を歪めている。
どうやら唇も噛んでしまったらしく、唾を吐いたら血が混じっていた。
苛立ちながら自分の不注意を恥じる。
今のは相手の敵意を感じ取れずに、わざわざ頭を掴ませてしまった自分が悪い。
衰えた感性を元に戻すのは時間がかかりそうだった。
それ以降は何も起こらずに、眠りについたカナミは旅立ちの朝を迎えた。
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