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人通りの少ない大通りを、二頭の馬がトコトコと歩いている。
引いている馬車の中に最終刑罰者が乗っているだなんてこと、誰も思わないはずだ。
本当に存在しているのかどうかも曖昧な三重線であるから、余計に気付かれることはない。
悪いことをしたら三重線の焼印を付けられる、と子どもを驚かす程度の認識なのだ。
国の法にはしっかりと記載されているのだが、それらを全て把握している庶民は少ない。
その三重線に向かって、ジルバートは前を向きながら語りかけた。
「公女様を歩かせる訳にはいかない」
だから馬車を買った。
彼はそれだけを言って、まただんまりを決め込む。
はあ、とため息を吐くカナミ。
馬車の外で手綱を引いている男は、どうにも生き方が不器用過ぎる。
生真面目で、頭が固くて、絶対に損な役回りばかりをさせられてきたことは容易に想像ができた。
周りが公女だと決めて話をしていたからカナミもそうだと思ったが、そもそも公女である確証は無い。
そんなカナミの不信を感じ取ったのか、ジルバートの方から口を開いた。
「隣国のヴィスカリア公国とは模擬演習という形で数年に一度、剣を交わしていてな。 あの公女様も何度か見学に来られたことがある」
「なんだ、見たことあんのか」
「ああ、とても小さな頃にだが。 ずいぶんと大きくなられた」
公女が小さな頃ということは、カナミも同様に幼かったはずだ。
当たり前のことだが育ち方が全然違う。
模擬演習を見学していたのが幼い公女であるのなら、カナミはおそらく鼻を垂らしながら武器の工房に潜入して怒られていた頃だろう。
カナミには野山や原っぱで遊んだ記憶がほとんど無い。
いつも町の工房で、食い入るように武器の錬成を見学していた。
そんな懐かしい子どもの頃に想いを馳せていると、馬車は王宮の手前で止まった。
入り口を見ると、ジルバートが既に馬車から降りているらしく、そこからは何も見えない。
話し声だけが聞こえてくる。
優しそうで、どこか呑気で、あどけなさが残っている女の声だった。
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