特に何も無い町

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ボロボロの中古馬車はこれだから困るのだ。 それも雨漏りしている箇所はどうやら監獄の領域のみらしく、まるで日頃の行いを天が罰したかのような報いを受けている。 しばらくして入り口の幕がサッと開き、そこから中へと入ってきたのは公女であるステリだった。 薄汚れたローブは濡れていない。 聞いたところによると、どうやらこれは意図的に汚しているらしく、出来るだけ身分を隠すための手段であるようだ。 「あら。 おはようございます。 カナミ」 「おはよ。 何してたの? おっさんは?」 外の様子がわからないと不便だ。 さっさと逃走してしまいたいが、そうもいかないのが現状だった。 カナミが密かに目指している場所は東部。 産業都市アストポリスの更に北にある、無法地区と呼ばれる場所だ。 逃げ出すのは東部の産業都市に辿り着いてからの方が、人権を剥奪されたカナミにとって良いだろう。 それに今は錠前を外すための道具が無い。 だが髪留めでもあれば良いのだから、ステリ辺りに貸してもらえばその問題は解決できる。 「ジルバート殿はナイフとダガーに餌を与えています。 私はお祈りを捧げておりました」 「お祈りねぇ」 「調和のエルダローズ様はいつでも私達を見守ってくれていますから。 カナミはどちらを信仰されているのですか?」 今、彼女が言っているのは国で最も信仰されている神だ。 宗教と言っても怪しげなカルト集団のことではなく、立派な信仰対象。 調和のエルダローズは平和と和睦の象徴とされ、全国の町に教会が設立されている。 そこで働いている者を僧侶と呼び、厳しい戒律の元で修行に明け暮れている。 信仰花は青い薔薇。 エルダローズの教会にはいつも青い薔薇が備えられていて、熱心な信者などは自宅にそれを飾ったりもするのだ。 平和を祈るのだから悪いことでは無いのだろうが、あいにくとカナミは神を信じてはいなかった。 「無神論者……初めて出会いました」 「神なんて信じられなくなるよ。 あそこに入れられたらね」 最終刑罰房のことをぼやかして、カナミは苦々しげな顔付きでそう言った。
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