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現れたのは三十代半ばほどの、笑顔が眩しい男であった。
とても幸せそうな顔をしていて、物腰がとても柔らかい。
ジルバートの手をがっしりと両手で掴み、ここまでの道のりを讃えてくれている。
あれよあれよと応接室まで案内されたジルバートとステリは、柔らかいソファに座らせられて、気がつけば目の前にお茶を出されていた。
「王宮で働いている方とお見受けしました」
「確かに……その通りですが」
苦々しげにジルバートが告げる。
首になる瀬戸際である自分が、そんなことを自慢気に言うわけにはいかないからだ。
ステリに言うことは憚られるが、この旅は王国がジルバートを処分するために仕向けた旅路だった。
元々カナミとの二人旅となるはずだったが、そんなことをすればいずれ逃げられるのはもはや決まり切っていることだ。
無理に馬車を買ったからまだカナミは逃げていないが、徒歩での旅であるのならとっくに逃げられているだろう。
カナミが逃げた瞬間が、ジルバートにとって解雇処分を受ける瞬間となる。
武器回収よりも、そちらの方を王国は心待ちにしている節が読み取れる。
「申し遅れました。 私、このハンパの宿を経営しているカンコーと申します」
とても良い笑顔で、カンコーは語り始めた。
この限りなく首都に近い町は、その様式や風土、特色すらも首都をトレースして出来上がった。
何もかもが首都の下位互換。
そのため観光客はほとんどが立ち寄らず、宿屋のみを利用して別の場所へと去っていってしまう。
それを問題視した町長は宿屋の主人であるカンコーに命じた。
この特に何も無い町に、観光資源を作れ。
「ずいぶんとめちゃくちゃなことを言われたもんですな」
とても他人事とは思えず、ジルバートが同情するように呟いた。
「本当ですよ。 私などはただの宿屋の主人ですから、何も思い浮かびません」
出されたお茶をのんびりと飲みながら、ステリは大人二人の会話を聞いていた。
名前で選ばれたんだろうな、なんて思っていた矢先、突然カンコーが騒ぎ出す。
「半年前に王宮へ助けを求めたのですが、一向に返事は無く、ようやくあなた達が訪れてくれたという訳です!」
まるで救世主を見るかのような目でジルバートを見つめている。
これにはジルバートも参ってしまった。
王宮はおそらく面倒な案件だから放置していただけで、誰かを寄越すつもりなど微塵も無い。
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