特に何も無い町

21/22
3678人が本棚に入れています
本棚に追加
/513ページ
特に何もない町チュートのとあるカフェテラスにて、一人の女がケーキを頬張っている。 見渡すと、そこら辺で男女の恋仲が愉快な会話を嗜んでいるが、彼女の目に入るのは生クリームがたっぷりと乗ったイチゴのケーキのみだった。 長い槍を机に立てかけている。 様々な技巧を施してある改造槍で、小柄な女が振り回すには少しだけ重たそうだ。 女は赤くて短い髪を後ろの方でちょこんと結び、とにかく動きやすい装備を優先させているようだった。 体には軽量化させた最低限の皮製の鎧を身に纏い、その鎧の右胸付近には国の紋様が刻まれている。 ヴィスカリア公国の紋様だ。 ステリと同じ国籍を持つ女が、ぱっちりとした目でケーキを凝視して、緩みきった口元に運ぶ。 「うへへ、甘いぃ……でも、どこかで食べたことのある味……」 すると駆け足気味に走り寄ってくる数人の男。 彼らは全員がガチガチに鎧で身を固めた戦士たちで、持っている武器も様々。 「隊長殿!」 先頭の男が代表して口を開いた。 全員の鎧には同様の紋様が刻まれていて、彼ら全てがヴィスカリア兵であるとわかる。 「ステリアット様と思わしき人物を発見しました!」 「えーっ! 嘘でしょ? こんなどうでも良い町で?」 女は隊長格であるようだった。 隊長という責任ある立場であるにも関わらず、彼女の見た目はとても若い。 驚くべきことに、十代半ばを過ぎたばかりである彼女を兵士達は隊長と慕っている。 彼女が指揮する隊は最近になって組まれたもので、ヴィスカリア公国で最も緩い隊と呼ばれていた。 それ故にこの隊の所属となった兵士は、他所属の兵士から羨ましいと言われることが多い。 「石、持ってた?」 隊長格の女が、イチゴを頬張りながら問いかけた。 「未だ確認できず。 申し訳ありません」 「えっ? 首からかけてなかったの?」 「はい。 ありませんでした」 口を動かすのを止めてしまうほど、隊長格の女は動揺しているようだ。 「まずいよ……もし捨てられてたなんてことになったら……」 「団長は怒るでしょうか?」 「怒るなんてもんじゃないよ……私たちのお昼ご飯、毎日もやし炒めにされる……」 「それは困りますね」 女は頭を抱えて黙り込んだ。
/513ページ

最初のコメントを投稿しよう!