北方のシュリ

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少し遅れてヴィスカリア兵士が寄ってきて多少ギョッとしてしまったが、どうやらそれはジルバートのようだ。 自分が着させたのに、それを忘れてしまっては世話がない。 「悪いね。 ネックレスの部分は盗られちった」 そう言うカナミは目を合わせようとしない。 心配そうに見ている彼女の顔を見たくなかったからだ。 所詮、それは偽りの表情。 もし仮にカナミが国宝石を盗られてしまっていたら、その表情は現れない。 一番大事なものが守られているから、人間は他人の身を案じるフリができるのだ。 それがカナミの心の中にある思想だった。 「カナミが無事で良かった。 こんな作戦に乗じた私が間違っていたのです」 ホッとしたような声色を聞いて、なんだか苛立ちを覚える。 いつもならへらへら笑いながら流せるはずなのに、今は違った。 壊してしまいたくなった。 気に入らない動きをするオモチャに、怒りをぶつける子どものように。 めちゃくちゃに壊してやりたくなる。 自分は国宝石の秘密を知りたかっただけで、お前のために取り戻したわけじゃない。 こんな怪我をしたのも、必死に守り抜いたのも、自分の探究心を満たすためにやったことだ。 お前のためじゃない。 勘違いしているバカな公女を、ぶち壊してやろうと考えた。 「よくやったな。 腹減っただろう。 今夜は何も食べてないから」 そんなカナミの腕を抑えつけるように、ジルバートが間に入った。 腕が動かない。 彼が本気で力を込めているためか、貧弱なカナミでは太刀打ちできなかった。 どうやら気取られてしまったようだ。 「ヤツらには……偽物を渡した。 なんでかわかんないけど、すぐに気が付かれると思う」 「わかった。 後は俺がどうにか考えるから、お前は休め」 休めと言われたのは生まれて初めてだった。 言われた途端にカナミの意識が失われていく。 鎧の外からでもわかる、ジルバートの腕はとても太い。 力強くて、とても安心できる腕だ。 カナミがすっかり眠りこけた後、一行は逃げ出すようにこの町を後にした。
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